フィンランドが推進する医療と社会福祉のDX/SX戦略とイノベーション:海外医療技術トレンド(105)(2/4 ページ)
本連載第32回、第45回、第51回、第57回、第90回、第100回で北欧全体のデータ駆動型デジタルヘルス施策を取り上げてきたが、今回はフィンランドの医療/社会福祉におけるDXやSXの動向に焦点を当てる。
進化する国民PHRと電子処方箋サービス「Kanta」
表1に示した戦略ロードマップのうち、「3.顧客自身のデータへのアクセスの付与」「8.Kanta情報システムサービスの評価と更新」「9.Kantaデータのベネフィットの強化」のタスクに関わるフィンランド固有の仕組みが、フィンランド社会保険庁(Kela)傘下の「Kanta」(関連情報)だ。Kantaは、2007年より開発され、2010年に導入された、全国共通の一元的な医療情報アーカイブサービスである。立ち上げ当初の設計/構築作業については、富士通フィンランド(関連情報)が受託したことでも知られている(関連情報)。
当初Kantaは、医療データの相互運用性標準規格としてHL7 V3 CDA R2を採用していたが、現在は、本連載第58回や第91回、第103回で取り上げた米国、第101回で取り上げたシンガポールなどと同様に、HL7-FHIRを採用している。フィンランドの場合、一国レベルの保健医療情報システムの創成期より、積極的に国際標準規格を導入/運用してきたことが、本連載第90回で取り上げた北欧地域レベルの「北欧デジタルヘルス・評価基準(NordDEC)プログラム」(関連情報)や、第70回で取り上げた欧州レベルの「欧州保健データスペースに向けた共同行動(TEHDAS)」(関連情報)などの多国間連携プロジェクトにおいても、実践的なユースケースを提供する原動力となっている。
Kantaは、2024年3月時点で以下のようなサービス機能を提供している。
- MyKanta:フィンランド市民が、オンラインサービスの中で保健医療データや処方箋を閲覧できる個人健康記録(PHR)。社会福祉データについては、徐々に利用可能にしていく予定である
- 処方箋サービス:全ての処方箋は電子的に発行される。例外的なケースのみ、紙または電話による処方箋を発行することが可能である。全ての処方箋がKantaサービス経由で処方/調剤される
- 医薬品データベース:発行/調剤される医薬品およびその価格、費用償還状況や代替可能な医薬品に関して必要な情報を含むデータベース。個々の製品に関する情報は、医療製品データベース(関連情報)から閲覧できる。
- 患者データリポジトリ:患者データベースとともに利用される医療データシステム。電子患者データの中央集中型アーカイブに加えて、データのアクティブな利用と保存を可能にする。患者データリポジトリは、医療サービス提供機関の間の情報共有において重要な役割を果たす
- 古い患者データのアーカイブ化:患者データリポジトリは、フィンランド国立アーカイブサービスが発行した記録の電子保持を許可しており、その許可は古いデータのアーカイブ化にも適用される。記録作業完了後、古いデータをソースとなるシステムから削除し、患者データリポジトリの電子フォーマットのみで保存することが可能である
- 社会福祉サービス向けのクライアントデータアーカイブ:クライアントデータシステムで利用される社会福祉サービス向け情報システム。社会福祉サービスにおける電子クライアントデータの中央集中型アーカイブ化と、データのアクティブな利用や保存を可能にする。2018年春、第1号の社会福祉サービスプロバイダーが、アーカイブ利用を開始した
- 診断書の共有:Kantaサービスでは、医療専門家が発行した診断書や報告書を、ベネフィット処理のためフィンランド社会保険庁に、電子的に提出することができる
- Kelain:医師や歯科医師は、専門家として行使する権利に基づいて、オンラインサービスで処方箋を発行することができる
- Kantaクライアントテストサービス:Kantaに接続する情報システムのサプライヤーや、クライアントテスターとして活動する組織や薬局向けに、Kantaクライアントテストサービスを提供する
なお、本戦略ロードマップのKantaに関連するタスクでは、以下のような方向性を示している。
- 3.顧客自身のデータへのアクセスの付与:
顧客は、自身の顧客/患者データにアクセスし、自らデータ(ウェルビーイングデータ)を生成する。保健/社会サービスシステムに必要な初期のウェルビーイングデータを評価する。Kanta PHRのビジネスモデルやEHDSとの互換性を明確化し、モバイルKantaとのインタフェースやアプリケーションにおける顧客データ利用を保証する。ウェルビーイングアプリケーションの費用償還の適格性に関する提案を準備する - 8.Kanta情報システムサービスの評価と更新:
Kantaアーキテクチャと運用ロジックを現代化する(文書に基づくシステムをデータに基づくシステムに変革する)。評価に基づき制御された手法で、新たな技術や標準規格を導入して、特にEUレベルの共創の要求事項を考慮する。データ転送におけるロボティクスの利用を評価する。例えば、小規模の民間サービスプロバイダーは、軽いユーザーインタフェースを利用して、Kantaに直接顧客データを記録し、保存する - 9. Kantaデータのベネフィットの強化:
自身のデータとの顧客インタフェースとして、Kantaの役割を強化し、顧客情報を顧客(個人)にとってもっと見やすいものにする。Kantaサービスを、医療/社会福祉専門家にとって、もっとアクセスしやすいものにする。Kanta開発のニーズや優先順位について、運営者主導の対話を組織化する。Kantaデータ利用のためのAIベースのソリューションなど、新たな技術を導入する
EHDSについては、2022年5月3日、欧州委員会が、規則を正式に提案し(関連情報)、2023年12月13日、欧州議会が同提案を採択する(関連情報)など、EU域内の共通ルール化に向けた作業が最終段階に入っている。フィンランド社会福祉・保健省のデジタル化/情報管理戦略では、このような多国間連携の動きを先取りしたKantaの機能強化や新技術実装に焦点を当てている。
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