1000兆分の1アンペアレベルの微小電流標準の確立へ、産総研とNTTが前進:研究開発の最前線(2/2 ページ)
産総研とNTTは、シリコン量子ドットを用いて電子を1粒ずつ精密に制御して大きさの決まったpA単位の微小電流を発生させることに成功したと発表した。fA(1fAは1000兆分の1A)までを含めた、nA以下の微小な電流を正確に発生、測定するための“微小電流標準”の開発につながる成果となる。
NTTのシリコン量子ドットと産総研の精密電流計測技術を組み合わせ
今回の研究成果では、NTTが作製した単一電子素子であるシリコン量子ドットと産総研が持つ精密電流計測技術を組み合わせることにより、2つの独立したシリコン量子ドットから発生した電流の大きさを精密に比較し、それら2つが4×10−7程度の相対不確かさで一致していることを世界で初めて確認した。また、この比較した電流を2つ足し合わせることで、不確かさを小さく保ったまま電流を逓倍(2倍)することに成功した。つまり、これまでの単一電子素子の手法で解決できていなかった課題に対して解決の道を示したことになる。
NTTは、100mmウエハーベースのシリコンナノプロセスラインを用いてシリコンナノ細線トランジスタを作製し、これを用いて大きさ数十nm程度のシリコン量子ドットを2つ(素子A、素子B)形成した。
シリコン量子ドットは2つのゲート電極に負の電圧を印加することで形成できる。これら2つのゲート電極のうち片側に正の電圧を印加することで、ソース側のエネルギー障壁が低下し、電子が量子ドット内に誘導される。次に、正の電圧を印加した電極に負の電圧を印加することでポテンシャルエネルギーを増加させ、量子ドット内に電子を1つだけ取り出す。最後に電極に印加する負電圧を大きくすることで、量子ドットに閉じ込められた1つの電子をドレイン側に放出する。この一連の動作を、交流電圧によって連続的に行うことで、電子を1つ1つ移送して電流を発生させることが可能になる。
このとき発生する電流Iの値(A)は、改訂されたSI単位系に基づくと、1秒間に運ばれる電子の個数f(個/秒)と電気素量e(1.602176634×10−19C)の積(I=e×f)になる。実際に2つの独立なシリコン量子ドットによって、1秒間に10億個の電子を送り出して発生させた電流とゲート電圧をプロットしたところ、電流がゲート電圧に対して変化しない「電流プラトー」と呼ばれる領域が形成されていた。NTTが提供したシリコン量子ドットと、産総研の精密電流計測技術、複数個の単電子素子の並列動作を行うためのサンプルホルダーを組み合わせた実験では、この電流プラトーの精密な評価を行い、2つの素子ともに10−6以下の精度で理論的な値I=e×fと一致していることを確かめることができた。
この実験では、2つの素子の電流の違いを精密に評価するため、特殊な検流計を利用して電流の直接比較を行った。その結果、発生した2つの電流は、電流全体の4×10−7以下の相対不確かさで一致していることが分かった。この結果は、2つのシリコン量子ドットから発生する電流として、1秒間に10億個の電子を転送した際に電子400個以下の違いしかないことを意味しており、素子の違いによらず一定の電流を生成できることが示されている。さらに、互いに同じ大きさだと確認された微小電流を素子を並列に並べて足し合わせたとき、相対不確かさを10−6程度に維持したまま電流の大きさを2倍にできることも実証した。2個で2倍なので、単位系の標準に必要な正確な逓倍を実現できたことになる。
今後は、今回確立したシリコン量子ドットによる相互比較と並列化による電流逓倍の技術を用いて、より多くの素子での並列駆動を行い、長年実現することが難しかった微小電流標準の確立を目指す。さらに、複数の単一電子素子を用いたこの技術によって、量子電流標準と量子ホール抵抗標準およびジョセフソン電圧標準の3つをオームの法則を介して組み合わせて、量子力学的な現象によって実現された「電流、抵抗、電圧」の3つの標準の整合性を確かめる「量子メトロロジートライアングル」の検証を行う方針である。
なお、今回の研究成果は2023年12月20日付(日本時間)で米国化学会の学術誌「Nano Letters」に掲載された。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- CPUで動く超軽量モデルも、NTTが国産LLM「tsuzumi」を2024年3月から商用化
NTTは2023年11月1日、独自開発の大規模言語モデル(LLM)「tsuzumi(つづみ)」の開発を発表した。同月より社内外でトライアルを開始し、2024年3月から商用サービスを開始する計画だ。 - 6G時代のTHz帯通信に向け第一歩、NTTと東工大が300GHz帯の高速データ伝送に成功
NTTと東京工業大学は、300GHz帯に対応するフェーズドアレイ送信モジュールを開発するとともに、同モジュールを用いたビームフォーミングによる300GHz帯高速無線データ伝送に世界で初めて成功したと発表した。 - 100GHz100コアの「スーパー量子コンピュータ」実現へ、光通信技術が道を開く
NTTと東京大学、理化学研究所、JSTは、最先端の商用光通信技術を光量子コンピュータに応用することで、世界最速となる43GHzのリアルタイム量子信号の測定に成功したと発表した。 - 残存しているわずかな筋の動作でメタバースに操作命令できる技術を開発
NTTは、四肢など肢体が重度に不自由な人のわずかな筋の動作をメタバースへの操作命令につなげる入力インタフェースを開発した。自分の意思を伝えるための身体拡張技術として、表面筋電信号入力を利用できるようになる。 - NTTが350時間の連続動作が可能な人工光合成デバイスを開発
NTTは、350時間の連続動作が可能な人工光合成デバイスを開発した。半導体光触媒と金属触媒を電極として組み合わせ、気体状態にある二酸化炭素の効率的な変換を可能とした。 - NTTが光電融合デバイスの専門企業を設立「自動車やスマホにも光通信を広げる」
NTTグループで光電融合デバイスを手掛けるNTTイノベーティブデバイスが同社設立の背景や事業方針などについて説明。光電融合デバイスの適用領域を通信からコンピューティングに広げることで、早期に年間売上高1000億円の突破を目指す。