経済インセンティブで攻めるフランスのデジタルヘルス戦略:海外医療技術トレンド(102)(3/3 ページ)
本連載第79回でフランスのデジタルヘルス戦略を取り上げたが、同国が2022年上半期のEU理事会議長国を務める2022年5月3日に、「欧州保健データスペース(EHDS)」に関する規則が正式に提案されるなど活発な動きを見せている。
フランス独自のDTx向け経済インセンティブ付与プログラム「PECAN」
そして新規医療機器開発促進の観点から、デジタルヘルスロードマップの中で注目されているのが、「5. 全ての人に対して、デジタルヘルスイノベーションからの便益を保証する」の「5-6. 早期アクセスに対する償還」で例示された経済インセンティブプログラムの「Prise en charge anticipee numerique (PECAN)」(関連情報)である。
PECANは、2023年4月にスタートしたデジタル医療機器(DMD)向けの保険償還を加速させるための新たな手法であり、処方者が、この先進的な償還を受ける資格があるデジタル医療機器を認識している点を保証する作業を通じて構築されてきた。PECANでは、以下のようなソリューションを対象としている。
- 治療用デジタル医療機器(DTx)
- 遠隔医療モニタリング活動
そして、申請する医療機器メーカーに対して、以下の要件を全て満たすことを求めている。
- イノベーティブであること:特に臨床的便益または進歩の観点から、最初に利用可能なデータに従って、関連性のある全ての比較対象を考慮する
- 妥当な医療CEマーク(特定の意図した用途向け)を有していること:リスクのクラスは関係ない。製品文書やラベリングはフランス語に翻訳しなければならない
- ソリューションの便益に関するエビデンスを提供できること:フランス高等保健機構(HAS)が便益に関して判断することが可能なタイムフレーム内(そして特例期間の終了前まで)とする
- MISの相互運用性とセキュリティガイドラインを順守すること:デジタルヘルス庁は、患者の保健医療データの交換、共有、セキュリティ、機密性を保証するために策定した
- フランスでまだ償還されていないこと:新しいソリューションだけがPECANに申請できる。既にフランスで償還を受けたDTxは、このファストトラックに申請できない
これらの要件を踏まえた上で、PECANは以下のような手順で行われる。
- 1.技術文書と初期臨床エビデンスの提出(保健・予防省および医療材料・医療技術評価委員会(CNEDiMTS)宛):
- デジタルヘルス庁(ANS)のコンバージェンスプラットフォームにおけるデジタルヘルス医療機器の適法性証明
- 相互運用性とセキュリティの証明
- 医学的・技術的仕様に関する書類
- 経済情報に関する書類
- 2.申請書類のレビュー(評価:60日以内、バリデーション:30日以内):
- 医療材料・医療技術評価委員会(CNEDiMTS)が、デジタルソリューションの臨床的/組織的便益を評価したら、その意見を受け取る
- デジタルヘルス庁(ANS)から、相互運用性/セキュリティフレームワークの適法性証明を受け取る
- 3.当該ソリューションに早期償還を受ける資格がある:
- 監督当局の書面による判断を受け取る
- デジタルヘルス医療機器/遠隔モニタリング活動は、あらかじめ決定されたフラットな価格で、1年間償還可能である(更新はなし)
AI×データ駆動型デジタルヘルスイノベーションを巡る欧州各国の動き
本連載第69回で触れたように、EU域内では、医療機器規則(MDR)や体外診断用医療機器規則(IVDR)が一律適用されるが、医療機器に対する償還や経済インセンティブの仕組みについては、各国・地域の判断に委ねられている。
そこでEU域内各国では、MDR/IVDRの国内対応と並行して、デジタルヘルスイノベーションの促進策として、新規ソリューション向けに経済インセンティブメカニズムを導入する動きが顕在化している。その中で先行している例が、ドイツのDigitale Gesundheitsanwendungen(DIGA)である(関連情報)。現行のDIGAでは、医療機器のリスクのクラスをIまたはIIaに限定しているが、フランスのPECANの場合、クラスに関係なく、申請/承認されれば、償還という経済インセンティブを享受できる仕組みになっている。
EUレベルで、EHDSの発効に向けた最終協議が進む中、新規デジタルヘルスソリューションの市販前申請を巡る各国/地域間の競争も激化している。他方、本連載第71回で触れたように、米国食品医薬品局(FDA)も、医療機器規制改革や海外企業参入促進策を積極的に進めている。
このような状況の中、EUでは、欧州連合理事会と欧州議会の間で、AI(人工知能)法提案に関する暫定合意が成立した(関連情報)。AI法がEU全体レベルの統一基準となるまでには時間を要するが、各国単位で見ると、AIを利用した新規デジタルヘルスソリューション開発を巡る競争は、2024年以降一気に加速しそうだ。
筆者プロフィール
笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所、グロバルヘルスイニシャチブ(GHI)等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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