省エネ次世代パワー半導体の開発につながる材料シミュレーションとは:素材/化学インタビュー(3/3 ページ)
本稿では、文部科学省が主催する「スーパーコンピュータ『富岳』成果創出加速プログラム」の第1回(2020〜2022年度)に採択されたプロジェクト「省エネルギー次世代半導体デバイス開発のための量子論マルチシミュレーション」の概要や成果について、名古屋大学 未来材料・システム研究所 特任教授の押山淳氏に聞いた。
ステップフロー成長のミクロな実態を解明
MONOist 3つ目の目的の研究概要と成果について教えてください
押山氏 電気自動車のモーター駆動システムなどに使用されるパワー半導体には1kV以上の耐圧が求められており、使用条件を満たすためのGaNパワー半導体を製造する際には、GaNワイヤ(チャネル)層のキャリア密度で不純物のドープ量を1.0x1016cm-3以下に制御する必要がある。
一方、GaNパワー半導体の作成に使用されるMOVPE成長ではGa(ガリウム)原料にトリメチルガリウム(TMG)が用いられ、窒素(N)原料として使用するアンモニア(NH3)ガス中に微量のH2Oが含まれているため、成膜中に炭素(C)、酸素(O)の汚染が起こることが知られている。
不純物であるCの濃度を減らすにはTMG供給量を減らす方法があるが、TMG供給量の減少はGaN成長速度の低下につながる。工業的にはGaNの高速成長(時速数10μm以上)が求められるため、このトレードオフの関係を制御する、あるいは解消する手段が必要とされている。
そこで、本研究では、GaNのパワー半導体を生産する際に、1300℃の成長炉で行われるエピタキシャル層での結晶成長に関して、RSDFT計算を用いたシミュレーションでミクロのレベルでどうようなことが起こっているかを解明し、GaNの高速成長を実現しつつ、不純物の混入やCとOの汚染を防ぐのに貢献する情報の取得を目指した。
なお、エピタキシャル層でのGaNの結晶成長は、成長炉の気相でGaやTMG、NH3ガスなどを気相反応させ、反応した物質がエピタキシャル層に落下することで、生じることが分かっている。しかし、1300℃の成長炉には高温なため計測機器を設置できず、気相反応の詳細などが判明していなかった。
本研究では、RSDFT計算を用いたシミュレーションで、成長炉の気相でTMGがさまざまな反応経路を経て、最終的にガラン(GaH3)まで分解することが判明した。
加えて、気相中でNH3が分解しないGaNの結晶成長ケースもシミュレーションした結果、気相にあるNH3は、GaN基板上にあるGa電子同士の化学結合が弱い部分にくっつき、分解され、H2(水素)は気相に取り込まれ、残ったNH(アンモニア)がさきほどと同様にGaN基板上にあるGa電子同士の接着が弱い部分に向けて0.6電子ボルト(eV)のエネルギーコストで移動し、ステップ端に拡散していく。これがGaNの結晶成長におけるステップフロー成長のミクロな実態だと分かった。
こういった成長炉内の気相分子の反応に関するデータを境界条件として流体のシミュレーターに取り込み、GaNの薄膜成長の表面と基層が成長炉内で熱平衡の関係にあることを踏まえて、シミュレーションした結果、GaNが1時間当たり2μ結晶成長することが判明した。この研究データは、GaNの結晶成長中に混入する不要な元素を取り込ませない手法を構築するのに役立つと考えている。
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