偶然の出会いから紫綬褒章へ、東大の岡部教授が語るチタン製錬への思い:研究開発の最前線
令和5年春の紫綬褒章受章が決定した東京大学 生産技術研究所 教授 岡部徹氏に、紫綬褒章受章への思いやレアメタルの研究を開始した経緯、現在注力している研究、今後の展開について聞いた。
東京大学は2023年4月28日、同大学 生産技術研究所 教授 岡部徹氏に令和5年春の紫綬褒章受章が決定したと発表した。岡部氏が長年にわたって取り組んできた「レアメタルの製錬とリサイクル」に関する研究業績や「この分野の重要性や将来性に関する啓発/アウトリーチ活動」が評価され受章につながった。
岡部氏に、紫綬褒章受章への思いやレアメタルの研究を開始した経緯、現在注力している研究、今後の展開について聞いた。
「レアメタル何それ」といわれても製錬の研究に注力
MONOist 紫綬褒章受章おめでとうございます。受章への思いを聞かせてください
岡部徹氏(以下、岡部氏) 私が工学部冶金工学科の学生として京都大学の研究室に入った35年前(1988年)は「レアメタル何それ」と周囲の学生からいわれるほど認知度が低かった。レアメタルとともに研究していたレアアースのリサイクルについても「中国から(レアアースのバージン材)を購入したほうが安い」と否定的な意見が寄せられていた。これらの経験を振り返ると、今回の受章は、レアメタルやレアアースの製錬とリサイクルという研究を時代が認めたと思えありがたい。
MONOist レアメタルの製錬とリサイクルの研究を開始した経緯について教えてください
岡部氏 偶然だった。私は京都大学で過ごした大学生時代(1984〜1988年)に1カ月の寮費(家賃)が300円の京都大学 熊野寮に住み、寮内で飲み会や麻雀などを楽しんでいたため、4年生になるまで語学の単位も取っておらず、卒業できるなんて自他ともに思っていなかった。当時在籍していた教授の協力もありなんとか卒業できるくらいの語学単位を取得したが、卒業研究のために研究室を選択する際も熱心に取り組まず、最も学生の受け入れ枠が大きかった非鉄冶金・特殊金属精錬の研究室に自分の意志とは関係なく配属された。
当時は超電導の研究ブームが起きており、非鉄冶金・特殊金属精錬の研究室では、レアメタルを使用する超電導を研究テーマとしたい学生が多かった。一方、私は、遊び人の先輩がチタンの製錬をテーマに研究をしていて、その遊び人の先輩と遊びたかったからチタンの製錬を研究テーマに選んだ。
つまり、出来の悪い学生が残り物の研究室に配属されて、遊び人の先輩の研究を引き継いだら、それが偶然面白くて、今日に至るまでこの研究を続けているということだ。チタン製錬の研究に興味はあるけど京都大学に残ろうと思ったことはないため、京都大学に「(当大学に)残ってチタン製錬の研究を続けないか」といわれても、残らないで、東北大学やマサチューセッツ工科大学、東京大学など、さまざまな大学を転々としている。
MONOist レアメタルであるチタン製錬の研究が面白いと思う理由は何でしょうか
岡部氏 チタンは地球の地殻の中で9番目に多い元素で豊富にある。そして、製錬できれば、金属材料の中でも比強度に優れ、軽くて、耐腐食性も良好でサビにくい。そのため、最新の戦闘機や寺社/仏閣の屋根瓦、潜水艇などで採用されている。さまざまな製品でチタンの採用が流行(はや)らないのは、酸化物であるチタン鉱石を製錬するのが難しく、量産化が困難で価格が高く使いにくいからだ。こういった課題を解消するチタン製錬の研究は簡単ではないから面白いと思っている。
MONOist 現在、研究に注力しているレアメタルなどの製錬方法やリサイクルについて聞かせてください
岡部氏 現在、研究に凝っているのはチタンのアップグレードリサイクルだ。一般的にチタンは、バージン材(スポンジチタン)から製錬するほうが、スクラップチタンをリサイクルするより、高純度のものを生成できる。
一方、アップグレードリサイクルは、バージン材から製錬したチタンより高純度なチタンを、スクラップからリサイクルして作る手法で、開発を目指して研究を進めている。この手法が完成したら、日本は海外の企業からチタンのバージン材を買わなくても、チタンスクラップを購入してチタンを製造できるようになる。
残念ながら、現状の技術でいえば、バージン材を買ったほうが安く高純度なチタンを作れる。しかし、低コストでチタンのアップグレードリサイクルが行えるように頑張っている。既に、要素技術は開発されつつあるため、将来はチタンのアップグレードリサイクルが完成しているだろう。
また、環境調和型の白金族金属リサイクル技術の開発にも注力している。プラチナやパラジウムなどの白金族金属は以前からリサイクルされているが、溶けにくいため、水銀やシアン溶液、王水などを用いて溶解するケースが多く有害な廃液が発生している。そこで、環境調和型の白金族金属リサイクル技術では、白金族金属に特殊な前処理(高温の金属蒸気を使用するなど)を行うことで、王水などを利用せずに溶かす。そのため、有害な廃液を減らせ、環境に優しい。
MONOist レアメタル分野の重要性や将来性に関する代表的な啓発/アウトリーチ活動についても聞かせてください
岡部氏 レアメタルや銅、鉛、亜鉛を含む非鉄金属は扱う企業も多く日本にとって重要な材料だが、これらの製錬方法やリサイクルの重要性を理解している国民はほとんどいない。リサイクルの重要性に関していえば、スマートフォンなどのハイテク機械は生産から15年後に多くの場合はごみになるため、搭載された非鉄金属をリサイクルしなければならない。そうしなければ資源不足になってしまうだろう。さらに、さまざまな製錬所や鉱山で鉱石の加工などにより有害な廃液が生じている。
本当にサステナブルな社会を作るためには、サステナブルなリサイクル方法や製錬方法を確立しなければならない。日本は、チタンだけでなく、世界中から多様な素材のスクラップが集まっており、リサイクルするサプライチェーンが存在している。このため、環境に配慮した非鉄金属のリサイクル手法が確立できれば、さまざまな経済効果を生むと考えている。
しかし、金属のリサイクル企業に就職する人材は減少しつつある。従来は、こういった産業の将来性について、優れた学生に説明すれば、金属のリサイクル企業への就職に関心を示したが、現在は両親や交際相手にそういった学生が説得され、IT企業や銀行に就職してしまう。そこで、私は、自身が発足したレアメタル研究会や教育機関、展示会などさまざまな場所で、非鉄金属のリサイクルの重要性を説明する啓発活動を行っている。
MONOist 今後の展開について聞かせてください
岡部氏 今後もやることは同じだ。チタンなどのレアメタルや貴金属の新たな製錬法やリサイクル方法を開発していく。併せて、私の研究を引き継げ、世界で活躍できる若手の研究人材を育てていきたい。
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