それは究極を超えた至高の黒、産総研が可視光吸収率99.98%の暗黒シートを開発:研究開発の最前線(2/2 ページ)
産業技術総合研究所(AIST)が、新たに開発した可視光を99.98%以上吸収する「至高の暗黒シート」について説明。これまでの「究極の暗黒シート」と比べて、半球反射率を20分の1以上まで削減しており、究極を超えた至高の黒さを実現した。
原盤から作成した二次型で樹脂材料に光閉じ込め構造を転写
今回の研究成果は、究極の暗黒シートの発表時と比べて、今後の実用化に向けて生産性の向上が可能な作製手法を取り入れていることも特徴の一つになっている。
究極の暗黒シートと至高の暗黒シートで光吸収を可能にしている光閉じ込め構造は、数十μmサイズの円すいが表面に並ぶとともに、小さな穴から空洞に入った光は内部で繰り返し反射していくうちに吸収されて減衰する「空洞黒体」の原理を反映できるように、円すいのエッジは鋭く、壁面はnmレベルで滑らかである必要がある。「従来の微細加工技術ではこのような構造の作製は難しいが、サイクロトロン加速器からの高エネルギーイオンビームで加工した原盤を用いて樹脂材料に転写することで、表面に光閉じ込め構造を備えた樹脂シートが得られる」(雨宮氏)という。
原盤は、量子科学技術研究開発機構(量研) 量子ビーム科学部門 主幹技術員の越川博氏が所管するサイクロトロン加速器を用いて、熱硬化性ポリマーであるCR-39樹脂の基板に高エネルギーイオンビームを照射し、エッチング処理を行うことで作成できる。究極の暗黒シートでは、この原盤から直接カーボンブラック混錬樹脂への転写を行っていたが、樹脂成形品のコストのかなりの割合を占めるといわれる金型の作製にサイクロトロン加速器を用いていることになるため、極めて高価になってしまうことが課題だった。
至高の暗黒シートでは、高エネルギーイオンビームで作製した原盤をシリコーン樹脂に転写した二次型を使って樹脂成形を行っている。これにより、樹脂成形を多数回行うことが容易になるとともに、生産性の向上や樹脂シートの面積の拡大にもつなげられるという。なお、今回の研究成果では原盤のサイズは10cm角だが、量研のサイクロトロン加速器は28cm角まで対応しており、実用化時にはさらなる大型化も可能だ。
至高の暗黒シートの可視光反射率は0.02%以下で、究極の暗黒シートの0.35%を大きく上回っている。
また、至高の暗黒シートは、可視光反射率が0.1%以下の材料として、指で触れる程度の強度を有していることも大きな特徴となっている。例えば、世界一黒い材料とされてきたカーボンナノチューブ配向体は、可視光だけでなくあらゆる光の反射率が0.1%以下であることが知られているものの、もろいため触ると性能が損なわれることが課題だった。
これに対して至高の暗黒シートは、触っても性能が損なわれいため取り扱いが容易である。カーボンナノチューブ配向体では難しい、表面に着いたほこりなどをブロワーで簡単に除去することもできる。一定の強度があるので耐久性や寿命の観点でも有利と言えそうだ。
雨宮氏は「カメラや分光分析装置の光学系などへの適用に加えて、より深い黒さが加わることで従来よりも高いコントラストでの視覚表現なども可能になるのではないか。また、カシューオイル黒色樹脂以外の材料を使うことで、一定の黒さを実現しつつ、耐久性など他の特性を高める開発も可能だろう」と述べている。
なお、雨宮氏が所属するAISTの物理計測標準研究部門は、光度(Cd:カンデラ)や照度(lx:ルクス)など光の計量標準の研究開発を行っており、そのためには極めて黒い物質や白い物質が計量標準として必要になってくる。至高の暗黒シートは、光の計量標準に役立つ、使い勝手の良い極めて黒い物質を追い求める中で開発したものである。このため、AISTにおける光の計量標準への活用が実用化への第一歩になりそうだ。
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