カーボンナノチューブ膜の物性予測時間を98.8%短縮、深層学習AIの応用で:人工知能ニュース
NEDOとADMAT、日本ゼオンは、AISTと共同で、AIによって材料の構造画像を生成し、高速・高精度で物性の予測を可能とする技術を開発したと発表した。単純な化学構造を持つ低分子化合物に限定されず、CNT(カーボンナノチューブ)のような複雑な構造を持つ材料でも高精度な物性の予測を実現できる。
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)とADMAT(先端素材高速開発技術研究組合)、日本ゼオンは2021年8月30日、AIST(産業技術総合研究所)と共同で、AI(人工知能)によって材料の構造画像を生成し、高速・高精度で物性の予測を可能とする技術を開発したと発表した。単純な化学構造を持つ低分子化合物に限定されず、CNT(カーボンナノチューブ)のような複雑な構造を持つ材料でも高精度な物性の予測を実現できる。新技術により、必要な物性値を持つCNT膜を作製するための経済的な最適解を得るのに、従来の実験ベースの手法と比べて98.8%の時間短縮を実現できたという。
今回開発した技術は、深層学習(ディープラーニング)を応用したものだ。まず、複雑な構造を持つCNT膜の構造画像と物性をAIに学習させ、その上で、種類の異なるCNTを任意の配合で混合した場合のさまざまなCNT膜の構造画像をコンピュータ上で生成することで物性の高精度な予測が可能になった。
AIによる構造画像の生成手法としてはGAN(敵対的生成ネットワーク)を用いている。GANは、AIの最新の技術の一つであり、データの持つ特徴を学習することで複雑な構造(人の顔や景色など)を忠実に疑似画像として生成させられる。複雑な形態のCNT膜を、マクロな集合体からミクロな束状構造(バンドル構造)まで幾つかの“階層”を持つ構造としてコンピュータに取り込みGANに学習させた。学習には、SEM(走査型電子顕微鏡)で観察した、低倍率(2千倍)〜高倍率(10万倍)の4つの画像を組み合わせた画像(タイリング画像)を用いた。
このAI技術により、コンピュータ上で異なるCNT膜のさまざまな“階層”の構造画像を高精度に生成可能になった。実際に、スーパーグロース法など市販されている7つの製法によるCNTを用いて、AI画像によるCNT構造の再現を行ったところ、観察倍率ごとの複雑なCNT膜の階層構造を高精度に学習できていることを確認できた。生成した疑似画像を見ると、実際の実験で見られるSEM画像がAI画像で忠実に再現されていることが分かる。
CNT膜の構造をAI画像として生成可能となったことで、コンピュータ上で選択・混合した任意のCNTの材料物性を予測できるようになった。例えば、7種類あるCNT材料のうち2種類または3種類を任意の配合比率で混合させたCNT膜(総計1716種類)について、電気特性および比表面積の物性値を予測したところ、単層のCNT(赤色)から多層のCNT(青色)を任意の配合比率で混合させることで、さまざまな物性値を持つCNT膜の作製が可能であることが明らかになった。また、今回得られた予測データを実際の実験で得られる物性値と比較したところ、その信頼性(決定係数:R2)は、学習済み/学習なしのそれぞれで、0.99/0.85(電気特性)および0.99/0.42(比表面積)と、高い精度であることが分かった。
さらに、今回開発したAI技術は、必要な物性値を持つCNT膜を作製するための経済的な最適解を得られることも特徴となっている。仮想実験で得られたCNT膜(1716種類)について、横軸に電気特性値、縦軸に経済性(材料コスト)をプロットしたグラフを見ると、その電気特性値で最も低コストのものが星印で示されている。従来、このような複雑な情報は、実験による試行錯誤を通じて経験的に得られるものだったが、開発したAI技術を用いることで、必要となる時間を98.8%短縮でき、最適な組成の予測ができるようになった。
これら一連の検証は、全てコンピュータ上の仮想実験で得られたもので、これまで実際の実験では長時間かかっていた材料設計が高速・高精度に可能となった。今後は、CNTと高分子の複合材料やファインセラミックス、マルチマテリアルなど、従来適用が困難だった複雑な構造にも汎用的に利活用できる新たなAI技術として、さまざまな材料を対象とした研究開発ステージのさらなる高度化・高速化が期待できるという。
なお、今回の新技術は、NEDOが2016〜2021年度にかけて実施している「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」で開発が進められたものだ。また、新技術の詳細は2021年8月30日(現地時間)に、国際学術誌「Communications Materials」の電子版に掲載された。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- ホンダが挑む高効率材料開発、マテリアルズインフォマティクスの活用に向けて
アンシス・ジャパン主催のオンラインイベント「Ansys INNOVATION CONFERENCE 2020」のAutomotive Dayにおいて、ホンダは「マテリアルズインフォマティクスを活用した高効率開発のための材料データベース」をテーマに講演を行い、同社の材料データベース導入、マテリアルズインフォマティクスの取り組み事例を紹介した。 - 帝人は日立との「情報武装化」でマテリアルズインフォマティクスを加速する
帝人が、新素材の研究開発におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に向けて、日立製作所との協創を始める。帝人と日立は今回の協創をどのように進めていこうとしているのか。両社の担当者に聞いた。 - 1000万倍高速の汎用原子レベルシミュレーターをPFNとENEOSが開発、SaaSで提供へ
Preferred Networks(PFN)とENEOSが、新物質開発や材料探索を高速化する汎用原子レベルシミュレーター「Matlantis(マトランティス)」を開発。両社が共同出資で設立した「株式会社Preferred Computational Chemistry(以下、PFCC)」を通じて、SaaSによる提供を始めた。 - 日立が実験回数4分の1のマテリアルズインフォマティクス技術、三井化学と実証へ
日立製作所は、同社が開発した新たなマテリアルズインフォマティクス(MI)技術について三井化学と共同で実証試験を開始すると発表した。三井化学が提供する過去の開発データを用いて、このMI技術の有効性を検証したところ、従来のMI技術と比べて高性能な新材料の開発に必要な実験の試行回数を4分の1に削減できることを確認したという。 - 従来比1000倍のスピードで有機分子をデザイン、IBMが無償Webアプリで体験可能に
日本IBMは、IBMの研究開発部門であるIBMリサーチ(IBM Research)の東京基礎研究所で開発を進めている「AI分子生成モデル」をはじめとするAccelerated Material Discovery技術について説明。AI分子生成モデルを用いた材料探索を体験できる無償のWebアプリケーション「IBM Molecule Generation Experience(MolGX)」も公開した。 - トーヨータイヤがマテリアルズインフォマティクス採用、新材料開発で
TOYO TIREは2020年4月22日、「マテリアルズインフォマティクス」を利用したゴム材料の特性予測技術や材料構造の最適化技術を開発したと発表した。新たに構築したシステムによって、材料の特性や配合の推測値を高精度に出力する。