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サーキュラーデザイン「元年」を迎えて環デザインとリープサイクル(6)(2/2 ページ)

「メイカームーブメント」から10年。3Dプリンタをはじめとする「デジタル工作機械」の黎明期から、新たな設計技術、創造性、価値創出の実践を積み重ねてきたデザイン工学者が、蓄積してきたその方法論を、次に「循環型社会の実現」へと接続する、大きな構想とその道筋を紹介する。「環デザイン」と名付けられた新概念は果たして、欧米がけん引する「サーキュラーデザイン」の単なる輸入を超える、日本発の新たな概念になり得るか――。連載第6回では筆者が提唱する“より良い循環”を目指していくための新たなコンセプト「環デザインとリープサイクル」のうち、“環デザイン”について取り上げる。

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システミックデザインと環デザイン

 システミックデザインについて、その実例を基に紹介する。取り上げるのは、堆肥化できるオムツを製造販売し、その堆肥で果実を育てる、ベルリン発のプロジェクト「DYCLE」である。

 DYCLEのダイヤグラムを見れば一目瞭然だが、バタフライダイヤグラムが太い円を描くこと、すなわち「AからBへとぐるっと回る資源の流れ」いわば“本流”のみを強く描くのとは対照的に、システミックデザインのまなざしは、加工の各工程で発生する現象一つ一つに目を凝らしていく。

DYCLEが考える「システミックデザイン」の図
図2 DYCLEが考える「システミックデザイン」の図[クリックで拡大] 出所:DYCLE(https://dycle.org/en/blog-02-2016-dycle-grows-systemic-design

 システミックデザインは、各局面で発生する熱、エネルギー、廃棄物などを拾い上げ、次のアクションにつなげられるよう、組み立ててつなげていく。その流れの全てを網羅的にダイヤグラムとして描くために、結果として、その線は太い1つの輪ではなく、根のように細かく枝分かれし、まるで川の支流のように派生的にどんどん分かれていくものになる。その中には、過程で得られたいくつもの“副産物”も含まれる。最終的には土壌の力を用いて「地球に還す」ことで、大きな輪を描き1周する。

 これは、バタフライダイヤグラムの左側にある再生可能資源の生物学的サイクル(最終的に地球に還し、地球を介して再生していく循環)を、具体的に細部まで精緻に記述したものであるといえるだろう。そして、特に筆者が興味を覚えるのは、樹木が育つ、果実がなる、排せつ物が堆肥化されるといった自然の“速度(リズム)”が、系の全体を支えているように感じられるなど、循環のデザインにおける「時間的な側面」にも触れられていることである。

「都市」の生態系を構築する

 では、DYCLEの細やかな捉え方に学びつつ、バタフライダイヤグラムの反対側にある右側の技術的サイクル(人間社会の中で回しながら、カタチを変えて使い続けていくストック資源のサイクル)を詳細に検討してみるとどうなるだろうか。

 自然の生態系から出発し、人間社会の営みを丁寧に接ぎ木していくようなプロジェクトとは対比的だが、技術的サイクルにおいては、「都市の仕組み」を丁寧に観察し、そこに接ぎ木していかなければならないだろう。

動画1 「Vortex-City」のダイヤグラム(COI-NEXT「デジタル駆動超資源循環参加型社会」コンセプトムービー)

 前回紹介したように、筆者らは現在、鎌倉市(神奈川県)で「都市(地域)」を舞台とした循環の取り組みを1つのモデルケースとして進めている。企業が循環戦略を考える際には「自社製品」について検討したいくつかの大きさからなる閉ループ構造になるが、都市(地域)という境界で循環を考えると、いくつもの循環が渦のように多発しているモデルになる。そこでは、1つの製品だけでは閉じることのなかった輪が、他の輪と合成されることでつながったり、次へ展開したりするなど、多様な網の目が生まれてくる。

 筆者らのラボには、都市生活からさまざまな資源(例えば、廃棄家電、洗剤詰め替え用パック、コーヒーかす、糸のボビンなど)が集まってくるが、日々それらが集まる量からは、「都市生活の速度(リズム)」が透けて見えるように感じられる。また、地域資源を複数集めて“ブレンド”し、「同一製品の水平リサイクル」に用いる分と「新たな都市アイテムへアップサイクル」に用いる分とに振り分け、未来へのストックとしていく作業は、新しい“系”の全体をバランスさせていくことに相当する。主流と支流がいくつも分かれ、そこに参加する市民が、新しい出会いや理解を得るための機会を獲得している。

 ここで取り組んでいることは、いわば“システミックデザインの都市版”なのであり、もともと筆者はこうした取り組みに対して「環デザイン」という呼称を使いたいと考えていた。

 “環”は、複数の部首が線や円など幾何学要素として複雑に組み合されて作られているが、これを本来の“循環”に含まれていた多面性や複雑さを忘れないためのものと捉えることができないだろうか。漢字の「環」はもともと、死者を前にして、その魂の再生や復活を祈る儀式の状況や道具をかたどって作られた漢字であるといわれている。こうした意味の深さが、これからの循環を構想する足場となることもあるだろう。

 また、“環”の右半分である「睘」は“ぐるっと周囲を見回す”という意味がある。筆者の場合、これを転じて“身の回りに既に存在する、地域全体の資源の流れ一通りを、あらためて見渡すこと”と捉えてみたい。地域資源循環デジタルプラットフォーム「LEAPS(Local Empowerment and Acceleration Platform for Sustainability)」は、そのための取り組みでもある。産業は「リニアエコノミー」から「サーキュラーエコノミー」への転換を進めていくが、社会は“循環を作ること”を契機として、近隣の地域の中で新しいつながりを生み出し、ウェルビーイングを高めていく機会と捉えられるのだ。

動画2 資源循環デジタルツインシステム・プロトタイプ


 今回は、環デザインの説明までとなったが、次回はもう1つの重要コンセプトである、「リープサイクル」について述べていきたい。 (次回へ続く

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Profile

田中浩也

田中浩也(たなかひろや)
慶應義塾大学KGRI 環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター長
慶應義塾大学 環境情報学部 教授

1975年 北海道札幌市生まれのデザインエンジニア。専門分野は、デジタルファブリケーション、3D/4Dプリンティング、環境メタマテリアル。モットーは「技術と社会の両面から研究すること」。

京都大学 総合人間学部、同 人間環境学研究科にて高次元幾何学を基にした建築CADを研究し、建築事務所の現場にも参加した後、東京大学 工学系研究科 博士課程にて、画像による広域の3Dスキャンシステムを研究開発。最終的には社会基盤工学の分野にて博士(工学)を取得。2005年に慶應大学 環境情報学部(SFC)に専任講師として着任、2008年より同 准教授。2016年より同 教授。2010年のみマサチューセッツ工科大学 建築学科 客員研究員。

国の大型研究プロジェクトとして、文部科学省COI(2013〜2021年)「感性とデジタル製造を直結し、生活者の創造性を拡張するファブ地球社会」では研究リーダー補佐を担当。文部科学省COI-NEXT(2021年〜)「デジタル駆動超資源循環参加型社会共創拠点」では研究リーダーを務めている。

文部科学省NISTEPな研究者賞、未踏ソフトウェア天才プログラマー/スーパークリエイター賞をはじめとして、日本グッドデザイン賞など受賞多数。総務省 情報通信政策研究所「ファブ社会の展望に関する検討会」座長、総務省 情報通信政策研究所 「ファブ社会の基盤設計に関する検討会」座長、経済産業省「新ものづくり検討会」委員、「新ものづくりネ ットワーク構築支援事業」委員など、政策提言にも携わっている。

東京2020オリンピック・パラリンピックでは、世界初のリサイクル3Dプリントによる表彰台制作の設計統括を務めた。


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