一歩誤れば“最悪倒産”も、脱炭素に必要なのは20年後を見据えた組織のかじ取り:製造業×脱炭素 インタビュー(2/2 ページ)
サプライチェーン全体のCO2排出量をゼロ化には、一部の部署だけではなく、社内の幅広い部署から協力を得ることが必須だ。このための仕組みづくりや組織づくりは国内製造業でどのように進んでいるのだろうか。ゼロボード 代表取締役に現状と課題を尋ねた。
「見える化」の次はすぐ削減、とはならない
MONOist 見える化を達成した後、CO2排出量削減にどうつなげるべきでしょうか。
渡慶次氏 排出量削減に取り掛かる前に、まだやるべきことがある。データの可視化精度を向上することだ。
スコープ3を一番簡単に見える化できるのは、原材料や部材などの購入金額に排出原単位を掛け合わせる算定手法である。多くの企業にとって、これが見える化の実質的なスタートラインになる。
ただし、金額ベースの算定だと、現在のようなインフレ環境下では購入量は変わらないのに金額が膨らむ分、排出量も増加したように見えてしまう。そこで次の段階として、物量ベースの算定方式を採用することが大事になる。これならばインフレの影響を受けづらいし、製品の歩留まりを改善して廃棄量を減らせればその分だけCO2排出量を減らすことができる。最近ではGHG排出量の実績値である1次データをどう測定すればよいかかが課題視されているが、実際に問題になるのはそれよりも先の話になる。
正直、排出量算定に初めて取り組む場合は、金額ベースで算出するだけでも相当大変なはずだ。購入したモノやサービスを洗い出して、それぞれの排出係数を調べ、正しく計算できているかを確かめなければならない。
MONOist 算定のノウハウを蓄積していないという企業も少なくないかと思います。
渡慶次氏 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示などで、サステナビリティに関する知識が急に求められるようになったという事情もあるが、業界全体でこれらの知識を持つ人材が足りない、というのが課題となっている。金額ベースで算定するとして、「会計仕訳から必要な項目の金額を集計してくれ」といわれても、簿記が相当分かる人でないと難しいだろう。
また、どこまで細かく金額を見るか、というのも考えるべきポイントだ。例えば化学系メーカーはさまざまな素材を購入するが、この時、特定の製品群をひとまとまりと見なすのか、より細かく見ていくかがポイントとなる。ひとまとまりと見なせば、対応する化学品のカテゴリーの排出量原単位を掛け合わせるだけでCO2排出量は算定できる。しかし、「『樹脂』としてではなく、『サプライヤーごとのスペックを加味した熱可塑性樹脂』として算定する」といった具合に細かく見ていこうとすると、相当な手間が掛かってしまう。当社もそうした点で悩む企業にアドバイスをして、算定のサポートを行っている。
ただ、細かく見れば見るほど、後のCO2排出量削減プロセスは現実的なものになる。「このサプライヤーから仕入れた製品は排出量が多いので、仕入れ先を切り替えよう」とか、「サプライヤーによりCO2排出量の少ない代替原料がないかを尋ねよう」とったアクションにつなげやすくなるからだ。
海外の動きに後れを取る国内製造業
MONOist 脱炭素に向けて経営陣は組織をどう動かしていくべきですか。
渡慶次氏 10年後や20年後を見据えた組織のかじ取りが必要になる。はっきり言って、今の経営層が10〜20年後まで同じ顔触れという可能性は低い。退任するまでは、今の経営方針を据え置いても問題ないかもしれない。だが、それより下の世代が経営を担う時代には、経営環境が相当変化していることを覚悟する必要がある。
特に注意すべきは、脱炭素による制度的リスクの存在だ。法律や規制の影響でEV(電気自動車)以外の自動車販売ができなくなる、あるいは炭素税が導入されるといったリスクがそれに当たる。将来、自社が何の事業で稼げるかを見極める作業を、今後数年間でしっかり行わなければならない。自分が去った後の企業の姿を長期的視点で考える必要がある。
こうした対策について、日本企業の動きは遅いように思う。これに対して欧州の企業などは、環境保護自体を大事な関心ごととしつつも、この脱炭素という潮流の中でどう稼ぐかをしっかりと考えている。
欧州以外の地域でも、例えばタイなども同じような考え方を持ち始めている。タイは日本車の製造などで大きく成長してきた国だが、ガソリン車一辺倒ではこの先生き残れないと気付き、中国のEV(電気自動車)メーカー招致を進めている。この流れでタイ自体もEV振興の政策を展開していけば、タイ国内でもガソリン車が売れなくなっていく。
こうした世界の動向に対して日本企業が鈍い理由の1つに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響があるのではと考えている。日本の企業トップも、新型コロナ感染拡大までは海外現地で世界の風向きを感じることができたと思う。だが日本がある意味で鎖国的な政策をとったために、こうした潮流から取り残されてしまっている可能性は十分にある。
MONOist 長期的な視点を持った対策が求められます。
渡慶次氏 すぐに抜本的な削減に取り掛かるということは難しい。スコープ3のように、サプライチェーンからデータを取得する仕組みはすぐ実現できるものではない。ゼロから取り組めば組織や仕組みづくりだけでも年単位でかかる。今すぐに着手すべきだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- CO2見える化のルールづくりはどこまで進んだか、JEITA担当者が語る現状と課題
現在、サプライチェーンのGHG排出量見える化に関するルール作りが国内外の団体で進められている。JEITAもそうした団体の1つだ。「Green x Digitalコンソーシアム」の設置や、その部会である「見える化WG」を通じて議論を深めている。GHG排出量の算定や可視化の枠組み作りに関する議論はどのように進んでいるのか。また今後議論すべき課題は何か。見える化WGの担当者に話を聞いた。 - サプライヤーのCO2削減努力を適切に見える化するには何が必要か
脱炭素に向けた取り組みが製造業で急速に広まる中、業界共通の課題として認識されるものの1つが「スコープ3」の削減だ。対策の第一歩として、CO2排出量の見える化が重要になるが、自社サプライチェーン全体の可視化は容易なものではない。製造業におけるCO2排出量の見える化の現状について、booost technologies 代表取締役に話を聞いた。 - 頼るべき“ルール”見えぬ脱炭素、国内製造業は立ち止まらずに進めるのか
ここ最近、大手製造業各社が脱炭素に向けた挑戦的な目標設定を次々に打ち出している。一方で、「では実際に脱炭素を進めればいいのか」と悩む企業も少なくない。既存のGHG削減や省エネ化といった施策に加えて何をすべきなのか、そもそも業界共通の制度やルールづくりが進まない中、何をすればよいのか。脱炭素実現に向けた国内製造業の“現在地”について話を聞いた。 - 製造業の脱炭素って本当に可能ですか? 欧州よりも積極性が求められる日本
国内製造業は本当に脱炭素を実現できるのか――。この問いに対して、本連載では国内製造業がとるべき行動を、海外先進事例をもとに検討していきます。第1回は脱炭素を巡る欧州と日本の「共通点」と「相違点」を解説します。 - いまさら聞けない「CO2ゼロ工場」
「カーボンニュートラル化」が注目を集める中、製造業にとっては工場の「実質的CO2排出ゼロ化」が大きなポイントとなります。本稿では「CO2ゼロ工場」のポイントと実現に向けてどういうことを行うのかを簡単に分かりやすく紹介します。 - 人工光合成ではない「P2C」でCO2からCOを生成、東芝が工業化にめど
東芝がCO2(二酸化炭素)を燃料や化学品の原料となるCO(一酸化炭素)に電気化学変換する「Power to Chemicals(P2C)」を大規模に行う技術を開発。一般的な清掃工場が排出する年間約7万トンのCO2をCOに変換でき、CO2排出量が清掃工場の数十倍になる石炭火力発電所にも適用可能だという。