住友ゴムとNECがタイヤ開発における匠のノウハウのAI化、思考の見える化で協業:技術伝承
住友ゴム工業とNECは、両社の協業により実現した「タイヤ開発における匠のノウハウのAI化」に関する記者説明会をオンラインで開催した。体系化が困難な官能評価の解釈および改良案の提示をAIによって実現する仕組みを確立するとともに、人材の教育/育成、ノウハウ伝承に役立てる。
住友ゴム工業とNECは2022年11月15日、両社の協業により実現した「タイヤ開発における匠(たくみ/熟練設計者)のノウハウのAI(人工知能)化」(タイヤ設計AI)に関する記者説明会をオンラインで開催した。
二輪車におけるタイヤ開発において、試作後に行われるテストドライバーによる実車評価での試作タイヤに対する課題抽出と官能コメント、それらに基づき設計者が行う課題の原因特定と改良仕様の検討といった“官能評価の解釈”は、豊富な経験とノウハウを有する熟練設計者とテストドライバーとのコミュニケーションで成り立っており、体系化が非常に難しい領域となっている。
こうした現状に対し、住友ゴム工業は「経験やノウハウが主体で効率化は困難だと諦めていた部分を自動化し、さらに答えが得られるだけでなく、人材の教育/育成、技術伝承にもつなげられる方法を確立したい」(住友ゴム工業 タイヤ技術本部 技術企画部 担当部長の原憲悟氏)と考え、NECに相談。当初、チャットbotでの解決を検討したが、単純な振動現象だけでも質問/回答の組み合わせが5500通り以上もあり、現実的ではないことが分かったため、タイヤ開発における匠のノウハウのAI化を目指すに至ったという。
今回、住友ゴム工業の熟練設計者とNECのデータサイエンティストは共同で、官能評価の解釈に関するコミュニケーションをAIが学習できるデータに体系化することで、官能評価の解釈および改良案の提示をAIによって実現する仕組みを確立。併せて、これまで属人的な伝承が中心だった匠の思考プロセスを見える化することで、人材の教育/育成、ノウハウ伝承に役立てるアプローチを実現した。
タイヤ開発における匠のノウハウのAI化については、熟練設計者と同等のスキルを有するAIがタイヤ台上特性値の改良案を提示してくれる「目標台上特性値AI」と、目標台上特性値AIによって示された台上特性値を達成できる仕様をAIが提示する「最適仕様提示AI」を用意。さらに、単に最適仕様を提示するだけでなく、熟練設計者の思考プロセスを見える化することで、技術伝承の促進につなげる「グラフAI」(NEC独自技術の「グラフベース関係性学習」を適用予定)の準備も進めている。
まず、目標台上特性値AIの実現においては、住友ゴム工業の熟練設計者とNECのデータサイエンティストが共同で、擬音などが含まれ、人によって解釈の異なる表現が使われることの多いテストドライバーによる定性評価を文章ではなく項目化して、評価を読み解く経験/ノウハウを体系化したAIの学習データへ加工。さらに、住友ゴム工業の熟練設計者が過去に開発したタイヤの官能評価を項目分けした体系化データを作成し、結果にひも付く改良案も併せて体系化した。AIの精度に関しては、NECのデータサイエンティストが住友ゴム工業の熟練設計者と議論を重ね、学習データに工夫を凝らすことなどにより、「約1年半かけて精度を高めていき、2021年12月の時点で実用レベルの精度まで高めることができた」(NEC AI・アナリティクス事業統括部シニアエキスパートの近藤節氏)という。
最適仕様提示AIについては、マテリアルズインフォマティクス(MI)の考え方を応用し、過去の開発記録から設計仕様と台上特性値の関係を機械学習させ、そこで得た式を用いて目標台上特性値AIが導き出した目標台上特性値(改良案)を達成できる設計仕様を逆解析によって求めるアプローチを採用する。
そして、グラフAIでは、過去の開発における課題、要因、仮説、改良案の関連性をAIが学習することで、従来のAIではブラックボックス化されていた改良案に至るまでの熟練設計者の思考プロセス(課題→要因→仮説→改良案)を見える化する。この“説明可能なAI”の実現により、経験の浅い若手設計者の理解を深め、効果的な技能伝承につなげていく。「現在、世の中の変化が激しく、失敗が許されづらい環境になっている。説明可能なAIでは失敗を疑似体験できるため、失敗から多くを学び、学びながら行動するといったことが可能になる」(NEC 執行役員の清水一寿氏)。
今後、NECは匠のノウハウ/理論の理解からのAI化や、効果的な技能伝承を可能にするグラフAIといった、今回の住友ゴム工業との協業で得たハウツーをテンプレート化することで、匠の技能伝承に課題を抱えている顧客企業の支援に役立てていく方針を掲げる。
一方、住友ゴム工業は「2023年から開発するモーターサイクル用タイヤで今回開発したシステムの本格活用を進め、その後、乗用車用タイヤなど他のカテゴリーにも展開する計画だ」(住友ゴム工業 常務執行役員 タイヤ技術本部長の國安恭彰氏)とする。
さらに、住友ゴム工業は今回のタイヤ設計AIに続き、材料の配合設計、それらの分析、タイヤ製造などの領域にもAI活用を広げていき、最終的に「タイヤ開発AIプラットフォーム」の構築を目指す。「タイヤ開発のAI化をミクロレベルからマクロレベルまで実現し、これらをつなげていく非常に難易度の高い取り組みだと考えている。さらに将来的には、モノづくり(タイヤ製造)のAI化にもチャレンジしていくことを視野に入れている」と住友ゴム工業 タイヤ技術本部 技術企画部長の山本卓也氏は述べる。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- トヨタの材料解析クラウドサービスで住友ゴムがタイヤゴム材料開発を加速
住友ゴム工業は、オンラインで「材料解析クラウドサービスを活用した実証実験説明会」を開催し、2022年4月12日に発表した「ゴム材料開発における解析時間を100分の1以下に短縮〜トヨタ自動車の材料解析クラウドサービスを活用〜」の取り組み内容について詳しく説明した。 - スパコン「富岳」をゴム材料開発に、新品時の性能が長く持続するタイヤの実現へ
住友ゴム工業は、スーパーコンピュータ「富岳」を中核とする「令和3年度HPCIシステム利用研究課題募集」において、産業課題利用枠に採択されたことを発表した。同社が取り組むタイヤの「性能持続技術」の開発に向けて富岳を活用する。分子運動に加えて、化学変化まで表現できるゴム材料シミュレーション技術の実現を目指す。 - 住友ゴム、天然ゴムのき裂先端の結晶化挙動を解明
住友ゴム工業は、天然ゴムのき裂先端の結晶化挙動を解明した。今回の研究成果を生かし、従来品よりも破壊しにくいゴムや摩耗性能に優れたゴムを開発する。 - タイヤの性能向上につながる天然ゴムの末端基構造を解析
住友ゴム工業は、天然ゴムの末端基構造を解析した研究成果を発表した。ゴムの特性に影響する天然ゴムの分岐構造を形成する末端基を解明することで、天然ゴムの性能向上や加工性改善につながる。 - タイヤ製造プロセスを可視化、住友ゴムの新シミュレーション技術
住友ゴム工業は、タイヤ製造プロセスに用いるシミュレーション技術「Tyre Manufacturing Simulation」を開発した。この技術を使えば、タイヤ製造の各工程で起こる現象を可視化して製品の品質を正確に予測できるという。