ショートしてから発火するまで、リチウムイオン電池の中で起きていることは:今こそ知りたい電池のあれこれ(16)(3/3 ページ)
リチウムイオン電池の発火の引き金となるのは「短絡」です。では、短絡が発生した後に発火へと至る電池の中では具体的に何が起こっているのでしょうか。
ガソリンとリチウムイオン電池、考慮すべき危険性が異なる
自動車の場合、冒頭でも紹介したように「ガソリン車とEVのどちらが安全か?」というのは議論になりやすい印象を受けます。
これは見解が分かれる内容かとは思いますが、取り扱い技術が成熟しており密閉性が担保されていれば発火の恐れが少ないガソリンと、単独で燃焼の3要素を満たす故に条件さえそろえば密閉状態であっても発火に至る可能性のあるリチウムイオン電池は考慮すべき危険性が異なります。これらを単純に比較して「現時点で」どちらがより安全かと「断定する」ことは難しく、また今後の技術発展や安全対策の向上も考慮すると、あまり目先の情報で一喜一憂すべきではないとも思います。
最近、ネット上では米国の自動車保険比較サイト「AutoinsuranceEZ.com」が報告している自動車の種別販売台数10万台当たりの火災発生件数を根拠に、EVの統計的な安全優位性を語る意見もよく見かけますが、個人的には疑問が残ります。今回の本題からはズレるので割愛しますが、安全性や環境性能に絡んで独り歩きしがちな数値のあれこれは、いずれまた別の機会で取り上げてみたいと思います。
熱暴走を防ぐための対策
ここまで、発火に至る電池の中で起こる「熱暴走」について解説してきました。次に、リチウムイオン電池の発火を防ぐためにできる対策について考えていきます。
電池やそれを搭載した製品を作るメーカー側ができる対策としては、例えば電池の材料レベルでの改良や燃えにくい材料の適用、短絡要因となる製造不良を防ぐ品質向上および維持徹底、最終製品に組み込む際に使用するBMS(バッテリーマネジメントシステム)による適切な管理設定などが挙げられるかと思います。
材料の観点では、熱的安定性が高く酸素放出しにくい正極活物質の採用や、電解液を従来の可燃性液体から不燃性のものへ置き換えるといった事例が知られています。また、全固体電池の開発が進められる動機の1つも、少しでも発火リスクを低減することであり、今後の開発進捗が期待されます。
電池を使うユーザー側が気を付けることは、以前のコラムでも解説した通りです。メーカーが推奨する正しい運用方法を守り、必要以上に電池を酷使しないことが大切です。さらに、使い終えた電池は一般ごみに混ぜるのではなく適切な方法で処分するようにしましょう。
また近年、発火予兆の事前検出、電池の劣化予測、発火しにくい適切な設計、発生してしまった発火事故の要因解析といった領域には機械学習手法を使用した検討がされることも珍しくありません。
電池評価も同様ですが、大切なのは「学習用データ」をどのように入手するかです。特にリチウムイオン電池のような多彩なパラメータの影響を受ける製品の安全性に関する推定をする場合はなおさらです。日本カーリットの危険性評価試験所では、製品の発火や爆発を伴うような試験でも安全に実施できる設備、試験環境をご提供しております。
機械学習はさまざまな領域に用いられる技術でありますが、今回使った挿絵は最近話題の画像生成AI「Stable Diffusion」で作ってみました。コラムの内容に沿いつつ、権利や信頼性の面で引用可な画像を探すのは、意外と本文を書くよりも難しいと感じるときもありました。いったん環境構築さえできてしまえば、求める画像に関連したワードを入力するという作業自体は検索していたときとほぼ変わらずに(現状は)著作権的にも問題ない画像を生成し、複数提示してくれるので、この手のAIはいろいろと使いどころが多いように感じました。
今回は、「なぜリチウムイオン電池は燃えるのか」「発火時に電池の中で何が起こっているのか」という点を中心にまとめてみました。近年のリチウムイオン電池の急速な普及に、安全対策や環境整備が追い付いていないと思われる場面もあり、今後も発火や爆発といった事例を目にする機会があるかもしれません。そういった事象はどうしても目につきやすく、過度に危険な印象を抱きがちですが、電池は今や私たちの生活には欠かせない存在です。むやみに恐れるのではなく、適切な運用方法を守って上手に付き合っていきましょう。
著者プロフィール
川邉裕(かわべ ゆう)
日本カーリット株式会社 生産本部 受託試験部 電池試験所
研究開発職を経て、2018年より現職。日本カーリットにて、電池の充放電受託試験に従事。受託評価を通して電池産業に貢献できるよう、日々業務に取り組んでいる。
「超逆境クイズバトル!!99人の壁」(フジテレビ系)にジャンル「電池」「小学理科」で出演。
▼日本カーリット
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▼電池試験所の特徴
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▼安全性評価試験(電池)
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