サプライヤーのCO2削減努力を適切に見える化するには何が必要か:製造業×脱炭素 インタビュー(2/2 ページ)
脱炭素に向けた取り組みが製造業で急速に広まる中、業界共通の課題として認識されるものの1つが「スコープ3」の削減だ。対策の第一歩として、CO2排出量の見える化が重要になるが、自社サプライチェーン全体の可視化は容易なものではない。製造業におけるCO2排出量の見える化の現状について、booost technologies 代表取締役に話を聞いた。
データ交換の仕組みで有望視される「PACT」
MONOist 状況が変化する兆しはありますか。
青井氏 最近のトピックで注目したいのが、WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が2022年6月16日(現地時間)に発表した「The Partnership for Carbon Transparency(PACT)」だ。PACTは、企業間で排出量データを交換する際の技術要件などを定めている。現在、スコープ3のCO2排出量を算定/可視化するために、各企業がさまざまなツールやソリューションの導入を進めている。ただ、現行のツールやソリューションは相互運用性の点で課題があり、バリューチェーン全体でのデータ可視化が難しい。PACTはこうした課題感を背景に作成、公開されたものだ。
PACTではデータ交換時にシステム間で連携するためのAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)の仕様も公開されている。WBCSDにはトヨタ自動車などをはじめ、有力な日本企業も多数加盟しており、国内でもスタンダードな仕様として定着していくと見ている。
Green x DigitalコンソーシアムもPACTの方針に賛同している。2022年9月〜2023年3月にかけて、PACTの内容にのっとったCO2排出量可視化ツールの実証実験を行う計画だ。サプライヤー間のデータ交換などの実証を中心に、利用者や製品単位でのID管理、それらにひも付けるカーボンフットプリントの管理方法などについて、ルールメイキングを進めていく。
当然、CO2排出量の可視化ツールやソリューションも、PACTを踏まえて対応していく必要がある。当社も2022年10月からPACTの仕様にのっとったバージョンを公開できるよう準備しているところだ。
MONOist PACTを国内産業界で実装する上で、課題はありますか。
青井氏 議論すべき部分が多く残されている。例えば、CO2排出量データには企業にとって機密性の高い内容も含まれる。データ流通は各社のデータ主権をしっかりと担保して、守るべき情報を守った上で行わなければならない。また、各社が定められた方法で算定を行っているかを認証する仕組みや、排出量を実績値よりも過少に報告するといった不正防止対策も必要だ。
加えて先述の通り、CO2の排出量データはAPI経由で企業間でやりとりすることになる。しかし現時点では、例えば完成品メーカーの立場から見ると、一次サプライヤーの企業とだけデータ連携を行う仕組みとなっている。つまり完成品メーカーには、2次以降のサプライヤーの排出量と合算された数値しか見えない。一次サプライヤーはしっかりと削減努力をしていても、その努力が分かりづらくなってしまう恐れがある。
さらに仕組み上、API連携が行えない企業は既存のサプライチェーンから外されるリスクもある。とはいえ、結局はどの企業もサプライチェーンの段階ごとにしっかりと可視化したいはずなので、いずれはこれらの問題を解決する仕組みが出来上がっていくと考える。
1社ずつヒアリングして確認を
MONOist Green x Digitalコンソーシアムの設立目的の1つに、サプライヤーのCO2排出量削減努力を可視化するというのがあります。これを達成する上で、製造業には今後どのような努力が求められるでしょうか。
青井氏 まずは、産業連関表や排出原単位などに基づいてCO2排出量を推定した二次データではなく、一次データを中心とした、排出量の削減努力を可視化しやすいデータ収集環境を構築していくことが大事だ。
また、メーカーはサプライヤーに対して、太陽光発電の導入状況や、使用している電力の電源種別などを1社ずつヒアリングして確認することが望ましい。単にサプライヤーにCO2排出量を算定、提出させる形式では、脱炭素の取り組みフェーズがどの段階にあるかが見えてこない。サプライヤーに太陽光発電設備の設置余力がどの程度あるか、省エネをどの程度実践しているかまで理解する必要がある。
MONOist 今後、メーカーからサプライヤーに対して、排出量可視化の要請が強まることが予想されます。
青井氏 現時点ではメーカーのESG(Environment、Social、Governance)推進室が経営幹部から、日々の取り組みが売上貢献度や株価に対して定量的に示せないため、あまり良い評価を受けられていないという話も聞く。ただ、脱炭素の取り組み状況が企業の損益計算書やバランスシート、また株価にどういう影響を与えているかを定量的に示せるようになれば風向きは変わっていくだろう。一方で、こうなれば脱炭素の取り組みに関するサプライヤーへの圧力も大きく強まることになる。
また、製造業は部品単位で排出量の算定、可視化を行う必要がある。それに当たって、特にGHGプロトコルにおけるカテゴリー1の「購入した製品・サービス」や、カテゴリー4の「輸送、配送(上流)」などについて、「何次のサプライヤーまでさかのぼってデータを収集するか」「最低限取得するべきデータ項目は何か」など、バリューチェーン全体で合意を取っていかなければならない。
現状、全ての品目について、一次データを収集できるという企業はほとんど存在しない。基本的にはホットポイントになっている部品や、1次サプライヤーなど直接取引のあるサプライヤーのデータを集めている。それ以外のデータを算定する上では、電気や熱などのエネルギーをどれくらい使用しているか製品ごとに割り出す案分のロジックが大切になる。実際に当社には、こうしたロジックの設計支援に関する依頼も寄せられている。
この他にも課題はある。例えば、アパレル業界は一次データの収集が昔から比較的進んでいる産業だが、染色や縫合などの手作業も多く、データ収集の自動化が難しい。サプライヤー側でこうした課題が顕在化する可能性があり、対策が必要だろう。
MONOist カテゴリー1や4などサプライチェーン排出量の上流の話題が出ましたが、逆に製品使用時の排出量(カテゴリー11)などが含まれる下流での課題は何でしょうか。
青井氏 カテゴリー11のルールメイキングはしていかなければならないものの、まだ大きく状況は動いていないように見える。いずれはJEITAなどの業界団体で議論されていくということになるだろう。
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