立方体型分子キュバンの頂点を全てフッ素化、「これまでの常識をくつがえす」:材料技術
東京大学とAGCは、立方体型分子であるキュバンの8個全ての頂点に当たる炭素原子にフッ素原子が結合した「全フッ素化キュバン」を始めて合成するとともに、その内部に電子を閉じこめた状態の観測に成功したと発表。今回の成果は「これまでの常識をくつがえす重要な意義を持つ」という。
東京大学とAGCは2022年8月12日、立方体型分子であるキュバン(Cubane)の8個全ての頂点に当たる炭素原子にフッ素原子が結合した「全フッ素化キュバン」を合成するとともに、その内部に電子を閉じこめた状態の観測に成功したと発表した。全フッ素化キュバンは、電子を受け取る分子の設計に必要とされてきた二重結合を持たないことから、今回の成果は「これまでの常識をくつがえす重要な意義を持つ」(ニュースリリースより抜粋)という。今後は、全フッ素化キュバンに閉じ込められた電子の挙動や反応性をさらに調査して新たな学理の構築を目指すとともに、有機エレクトロニクス材料をはじめ材料科学の発展への貢献も視野に入れる。
今回の研究成果は、東京大学大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 大学院生の杉(実際の漢字は木へんに久)山真史氏、同専攻 特任助教(研究当時)の秋山みどり氏、教授の野崎京子氏、AGC 上席特別研究員の岡添隆氏らの研究グループと、広島大学大学院 先進理工系科学研究科 准教授の駒口健治氏、京都大学大学院 工学研究科 准教授の東雅大氏の共同研究によるものだ。
サッカーボール型のフラーレン(Fulleren)をはじめ、立方体型のキュバン、正十二面体型のドデカヘドラン(Dodecahedrane)などの多面体型分子は、新たな機能や性質を獲得できる可能性があるため、その多面体構造の内部空間に単一粒子を閉じこめる研究が進められてきた。例えば、分子式でC60で表されるフラーレンの場合、内部空間が比較的広いこともあり金属原子や希ガス原子などを内包するフラーレンが開発されている。
炭素の同素体であるフラーレンは水素を持たないが、キュバンとドデカヘドランは各頂点に当たる炭素原子に水素原子がついており、分子式もそれぞれC8H8、C12H12となっている。量子科学計算では、これらの水素を全てフッ素に置き換えると、その内部空間に電子が閉じこめられることが予想されていた。これは、電子が入っていない空の分子軌道が多面体の内部に集合して、電子を受けとりやすいLUMO(Lowest Unoccupied Molecular Orbital:最低空軌道)を形成するためである。ただし、頂点の全ての炭素にフッ素原子が結合した多面体型分子の合成が難しく、予想の域を出ていなかった。
例えば、キュバンの水素原子のフッ素化については2つまでしか導入できていなかった。従来の方法では、複数の化学反応によって1つずつフッ素原子を導入する必要があり、8つのフッ素原子を導入するにはさらに多数の手順が必要になり合成法として現実的ではなくなってしまうことも課題だった。
そこで今回の研究成果では、フッ素ガスを用いることで複数のフッ素原子を一挙に結合させる手法を検討した。ただし、有機合成化学の分野においてフッ素ガスは、有機化合物と爆発的に反応し制御が難しいとされ、ほとんど扱われていなかった。ここでブレークスルー技術となったのが、AGCが開発した、フッ素ガスの反応性を制御しながら有機化合物にフッ素原子を導入する技術「PERFECT(Perfluorination of an Esterified Compound then Thermolysis)法」である。PERFECT法を用いることで、7つのフッ素原子を同時にキュバンに結合させることに成功し、そこからさらなる化学反応によって残りの1つのフッ素原子を導入して、全フッ素化キュバンの合成を達成した。単結晶X線構造解析によって、キュバンの全ての頂点にフッ素が導入されていることも確認している。
AGCの「PERFECT法」で7つのフッ素原子を同時にキュバンに結合させ、そこからさらなる化学反応によって残りの1つのフッ素原子を導入し、全フッ素化キュバンの合成を達成した[クリックで拡大] 出所:AGC
電気化学測定と吸光度測定の結果から、全フッ素化キュバンが電子を受け取りやすい分子軌道を持つことも実証された。さらに、ガンマ線を照射して全フッ素化キュバンに電子を与えた上で、低温固相マトリックス単離ESR(電子スピン共鳴)法によってどのような化学種が生成しているのかを観測したところ、全フッ素化キュバンに与えられた電子が主に立方体の内部空間に分布していることが明らかになった。
なお、今回の研究成果は2022年8月11日(米国時間)に米国科学誌「Science」のオンライン版に掲載された。
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