バリュエーションが想定より低かったら? EXITでM&Aを選ぶ際の注意点:スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(11)(3/3 ページ)
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第11回はスタートアップへの投資契約における、優先株や新株予約権を利用した場合の留意点を解説する。
転換条件について
有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティ(新株予約権)は、シードステージのために使うものであり、シリーズAなどのある程度大きな資金調達時には転換されるべきものといえますが、その転換条件をいかに定めるかという点には難しさもあります※10。なお、過半数は以下で引用するJ-KISS発行要項の通り、1億円以上の資金調達を転換条件として定めているようです※11。
※10:スタートアップとしては、コンバーティブルのままの方が、(投資家の権利が弱いため)株主対応コストが低く済み、他方、投資家も買収時の取り扱いなどを考慮すると経済的なメリットが大きいとの指摘もある。
※11:こちらも参照のこと。
(2)転換価額
(a)「転換価額」とは、以下のうちいずれか低い額(小数点以下切上げ)をいう。
(x)割当日以降に資金調達を目的として当会社が行う(一連の)株式の発行(当該発行に際し転換により発行される株式の発行総額を除く総調達額が[100,000,000]円以上のものに限るものとし、以下「次回株式資金調達」という。)における1株あたり発行価額に[0.8]を乗じた額
(5)本新株予約権の行使の条件
(a)本新株予約権は、次回株式資金調達が発生することを条件として行使することができる。但し、次回株式資金調達が転換期限までに発生しない場合、又は次回株式資金調達の実行日若しくは転換期限以前に支配権移転取引等を当会社が承認した場合はこの限りではない。
(b)前(a)号にかかわらず、次回株式資金調達が転換期限までに発生しない場合における本新株予約権の行使は、本新株予約権(同種新株予約権を含む。以下本(b)号において同じ。)の発行価額の総額の過半数の本新株予約権の保有者がこれを承認した場合に限り行うことができる。
転換前M&A実行時の調整
新株予約権から株式へ転換するまでの間、アーリーステージにおいて、小規模なM&Aが発生した場合、スタートアップ創業者はある程度のリターンを得る一方で、投資家はバリュエーションキャップに定められた金額で普通株式に転換して買収者に普通株式を譲渡することになります(J-KISS発行要項5(2)(c)、同(5)(a))。
このため、小規模M&Aのおけるバリュエーション次第では、投資家がリターンを得られない一方、起業家は一定のリターンを得られる可能性があります。そこで、このような小規模M&Aが実現した場合の処理をあらかじめ定めておく必要があります。J-KISS発行要項では以下の通り、新株予約権の発行価額の2倍に相当する金銭を交付するとしています。
(7)金銭を対価とする本新株予約権の取得条項
(a)当会社が支配権移転取引等を行うことを決定した場合、当該取引の実行日までの日であって当会社の株主総会(当会社が取締役会設置会社である場合には取締役会)が別に定める日において、その前日までに行使されなかった本新株予約権をすべて取得するのと引換えに、各本新株予約権につき本新株予約権の発行価額の2倍に相当する金銭を交付する。
一定期間内に次回資金調達を実現しない場合
有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティを利用する場合、次回資金調達では新株予約権を株式に転換することが想定されています。しかし、次回資金調達がいつまでも実現しないと、投資家が新株予約権を普通株式に転換できなくなり、早期に大きなリスクをとった投資家が報われなくなってしまいます。
解決のためには、転換までの期限を定め、転換期限までに次回資金調達が実現しない場合には、一定の条件で新株予約権の株式への転換を認めるという方法が考えられます。J-KISS発行要項では、18カ月以内に次回資金調達が実現しない場合には、当該新株予約権の発行価額の過半数の保有者が承認することを条件に、「キャップ(評価上限額)÷完全希釈化後株式数」の転換比率での転換を認めるとしています。
(2)転換価額
(a)(省略)
(b)前号にかかわらず、割当日の18ヶ月後の応当日(以下「転換期限」という。)以降における転換価額は、ポストキャップを第(5)(b)号に基づく承認がなされた日における完全希釈化後株式数で除して得られる額(小数点以下切上げ)とする。
(5)本新株予約権の行使の条件
(a)本新株予約権は、次回株式資金調達が発生することを条件として行使することができる。但し、次回株式資金調達が転換期限までに発生しない場合、又は次回株式資金調達の実行日若しくは転換期限以前に支配権移転取引等を当会社が承認した場合はこの限りではない。
(b)前(a)号にかかわらず、次回株式資金調達が転換期限までに発生しない場合における本新株予約権の行使は、本新株予約権(同種新株予約権を含む。以下本(b)号において同じ。)の発行価額の総額の過半数の本新株予約権の保有者がこれを承認した場合に限り行うことができる。
終わりに
今回は、事業会社とスタートアップで締結する投資契約について、優先株式や新株予約権を利用した場合の主たる留意点をご紹介しました。次回からは、事業会社によるスタートアップへの投資における株主間契約について、注意点を前後編に分けて解説いたします。
ご質問やご意見などあれば、下記欄に記載したTwitter、Facebookのいずれかよりお気軽にご連絡ください。また、本連載の理解を助ける書籍として、拙著『オープンイノベーションの知財・法務』、スタートアップの皆さまは、拙著『スタートアップの知財戦略』もご活用ください。
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筆者プロフィール
山本 飛翔(やまもと つばさ)
【略歴】
2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞
/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)
【主な著書・論文】
「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)
「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)
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