AI分野における利用契約で考えるべき「料金」「許諾範囲」「支払方法」:スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(8)(4/4 ページ)
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第8回は前回の続きとして、AIやデータ分析サービス利用に際しての契約締結における留意点を取り上げる。
最恵待遇条項を入れる際の注意点
サービス利用料はさまざまな形式で設定されます。例えば、頭金として初期利用料などの名目で請求する場合や、実際に利用した量に応じた継続的な請求(月額等の最低利用料を設定する場合も含む)をする場合、これらを併用する場合などがあり得るでしょう。
また、両者の利害を調整した結果として、最恵待遇条項を入れることがあります。最恵待遇条項を入れる場合の主な留意点は以下の通りです。
(1)比較対象を明確にすること
・比較対象のユーザーの範囲(例:介護領域のユーザーの利用料との比較)
・比較対象から除外するユーザーの範囲(例:システムインテグレーター等の中間事業者を利用している場合の当該中間事業者※5)
(2)最恵待遇を保証する期間を明確にすること
※5:中間事業者に対してはボリュームディスカウントを理由として、値引きしてサービス提供せざるを得ないところ、このような中間事業者を最恵待遇条項における対象事業者に含めてしまうと、意図せず最恵待遇条項が発動してしまうため。
以上の点について、例えば、経済産業省・特許庁より公開されたモデル契約書(AI編)は、以下のように定めています(利用契約第8条)。
第8条 乙は、甲に対し、データ解析サービスの対価として下記計算式により計算した金額を支払う。
記
【計算式】
本連携システムを通じたAPIリクエスト回数1回あたりの単価●円(外税、以下「API単価」という。)×利用回数
2 本学習済みモデルが甲乙間で共同開発されたことを考慮し、前項に関わらず、本契約締結日より3年間は、前項の計算式におけるAPI単価を下記計算式の通り減額する。なお、下記計算式における「対象事業者」とは、介護領域において甲からデータ解析サービスの提供を受けている事業者を言う。ただし、以下のいずれかに該当する事業者は除く。
(1)乙と同様、甲が提供するサービスに用いられる学習済みモデルの生成に貢献したことを根拠としてAPI単価が減額されている事業者
(2)エンドユーザに対して直接見守りカメラシステムを提供している事業者以外の事業者(システムインテグレーターなどを含むがそれに限られない。)
(3) (2)に定める事業者を介して甲からデータ解析サービスの提供を受けている事業者
記
【計算式】
甲が、乙以外の対象事業者に対してデータ解析サービスを提供する際のAPI単価のうち最も安い単価(外税)×90%
3 乙は、甲に対し、追加学習サービスの対価として1カ月あたり●円(外税)を支払う。
4 乙は、甲に対し本条1項および同3項に定める対価を、本契約締結日以降、1カ月毎に、当該期間の末日から●日以内に支払うものとする。
5 乙は前項の対価を甲が指定する銀行口座振込送金の方法により支払う。これにかかる振込手数料は乙が負担するものとする。
6 本条で定める各対価についての消費税は外税とする。
7 本条の各対価の遅延損害金は年14.6%とする。
「知財の非侵害」は非保証で
連載第4回でPoC契約について述べた中でも述べましたが、AI分野においてサービス提供側が、提供するサービスについて一定の性能を保証することは困難です。また、スタートアップの側に第三者の知的財産権の非侵害を表明保証させることには慎重さが求められます。これは第7回のライセンス契約に関する箇所で述べた通りです。モデル契約書(AI編)の内容を見てみましょう(利用契約第12条)。
第12条 甲は、乙に対し、本サービスが乙の特定の目的に適合することを保証しない。
2 甲は、乙に対し、本サービスの利用が第三者の特許権、実用新案権、意匠権、著作権等の知的財産権を侵害しないことを保証しない。
3 本契約に基づく本サービスの利用に関し、乙が第三者から前項に定める権利侵害を理由としてクレームがなされた場合(訴訟を提起された場合を含むが、これに限らない。)には、乙は、甲に対し、当該事実を通知するものとし、甲は、乙の要求に応じて当該訴訟の防禦(ぼうぎょ)活動に必要な情報を提供するよう努めるものとする。
終わりに
今回は、事業連携指針を踏まえつつ、スタートアップとのオープンイノベーションにおける事業化段階の留意点のうち、利用契約の留意点についてご紹介しました。次回からは、スタートアップへの投資時における留意点をご紹介いたします。
ご質問やご意見などあれば、下記欄に記載したTwitter、Facebookのいずれかよりお気軽にご連絡ください。また、本連載の理解を助ける書籍として、拙著『オープンイノベーションの知財・法務』、スタートアップの皆さまは、拙著『スタートアップの知財戦略』もご活用ください。
⇒前回(第7回)はこちら
⇒連載「スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜」バックナンバー
筆者プロフィール
山本 飛翔(やまもと つばさ)
【略歴】
2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞
/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)
【主な著書・論文】
「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)
「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)
ご質問やご意見などございましたら、以下のいずれかよりお気軽にご連絡ください。
Twitter/Facebook
スタートアップの皆さまは拙著『スタートアップの知財戦略』もぜひご参考にしてみてください。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- ≫「スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜」バックナンバーはこちら
- ≫前回連載の「弁護士が解説!知財戦略のイロハ」バックナンバーはこちら
- 知財活動を社員に「わがこと化」してもらうための組織づくり
貧困解決を目指すFinTechサービスを支える技術(IoTデバイスとプラットフォーム)を保有し、知財ポートフォリオ形成による参入障壁構築を進めるGlobal Mobility Service。同社の知財戦略と知財活動からビジネス保護に使える知見を紹介する。第2回では知財活動を社員に身近に感じてもらうための組織作りの考え方を取り上げる。 - 「学習用データセット」は共同研究開発の成果物に入りますか?
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第6回は前回に引き続き、共同研究開発契約をテーマに留意点を解説していく。 - スタートアップとのオープンイノベーションで生じる“搾取的関係”の問題点
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第1回は現在スタートアップと大企業間のオープンイノベーションで生じ得る「搾取的関係」の問題点を解説する。 - モノづくり企業が知財戦略に取り組む意味とは?
モノづくり企業の財産である独自技術を保護しつつ、技術を盛り込んだ製品、サービスの市場への影響力を高めるために重要となるのが知的財産(知財)だ。本連載では知財専門家である弁護士が、知財活用を前提とした経営戦略の構築を図るモノづくり企業に向けて、選ぶべき知財戦略を基礎から解説する。