都市型モータースポーツ「フォーミュラE」、アウディBMWの撤退から見える転換点とは:モータースポーツ超入門(4)(2/2 ページ)
自動車産業が直面する電動化のうねりはモータースポーツにも押し寄せている。F1は運動エネルギーと排気エネルギーを回収するエネルギー回生システム「ERS(Energy Recovery System」を搭載、世界耐久選手権(WEC)の最上位クラスではハイブリッドシステムを採用する。レーシングカーの電動化も市販車と同様に確実に進んでいる状況だ。
バッテリー容量54kWh、モーター最高出力250kWで走る
2つ目の特徴がモーターとバッテリーだ。フォーミュラEならではの使い方が次世代モータースポーツの独自性を生んでいる。まず、共通部品となるリチウムイオンバッテリーは、シーズン5から導入された新型シャシー「Gen2」で大きく進化した。シーズン4までは電池容量が28KWhと小さく、45分間のレースを走り切ることができなかった。そのためレース中にマシンを乗り換える必要があったが、Gen2では電池容量を54KWhに拡大。マシンを乗り換えることなく最後まで走り切ることができるようになった。
一方、モーターはシーズン2から独自開発が認められている数少ない技術競争領域だ。それでも最大出力には規制が設けられており、上限は練習走行と予選、決勝レースで異なる。現在の最大出力は練習走行と予選時が250KW、決勝時が200KWだ。ただし、決勝レースでは一時的に出力を高められる「アタックモード」を使うと25KWを上乗せできるシステムになっている。
さらに、フォーミュラE独自のパワーアップ手法として「ファンブースト」も用意されている。これはTwitterなどSNSでの人気投票で選ばれた5人のドライバーだけが使用できる仕組みだ(#FanBoostというハッシュタグと、ドライバーの名前のハッシュタグを投稿することで投票となる。投票専用の公式Webサイトも)。レース後半に5秒間の使用が認められ、モーター出力を250KWに高めることができる。
運営もCO2排出削減を重視
走行中に排気ガスを全く出さないゼロエミッションレースであることも特徴の1つだ。フォーミュラEは世界各国の大都市で開催される。市街地を一時的に封鎖しストリートコースで実施できるのは、まさにフォーミュラEが排気ガスを出さず、騒音も発しないモータースポーツであるからに他ならない。レース観戦者に向けても公共交通機関による来場を呼びかける。
レース運営でも低炭素に配慮している。レースマシンに搭載するリチウムイオンバッテリーを充電するための発電機にはバイオ燃料のアルコール系を使用。物流にも気を配っている。オフィシャルロジスティクスパートナーのDHLは航空輸送と鉄道、道路、海上輸送を組み合わせたマルチモーダルで輸送効率を最大限に高め、CO2排出量を削減する特別なアプローチでフォーミュラEをサポートしている状況だ。
こうしたエココンシャス(環境志向)な取り組みと、電動パワートレインの技術開発競争が多くの自動車メーカーをフォーミュラEに引き付けてきた。シーズン7にはアウディ、BMW、旧グループPSA(現ステランティス)傘下のDS、メルセデス・ベンツ、マヒンドラ&マヒンドラ、日産自動車、ジャガー、ポルシェが参戦。中国の新興EV(電気自動車)メーカーであるNIOもエントリーしている。
変わる顔ぶれ
フォーミュラEは、電動化技術を磨き市販車にも反映し、技術力をアピールできる場として自動車メーカーの呼び水となってきた。ただ、ここにきて大きな転換点を迎えているのも事実だ。アウディとBMWはシーズン7をもって撤退を決めた。アウディはワークスとしての活動を終了。今後は電動パワートレインサプライヤーとして関与することになる。一方、BMWの声明(※1)は衝撃的だった。「フォーミュラEの競争環境の中で、電動パワートレインを市販車に技術移転する機会を本質的に使い果たしてしまった(When it comes to the development of e-drivetrains, BMW Group has essentially exhausted the opportunities for this form of technology transfer in the competitive environment of Formula E.)」と指摘したのだ。
アウディとBMWの突然の撤退劇。これは「今まで成長を続けてきたフォーミュラEに対する警鐘だ」と指摘する声がモータースポーツ業界内から聞こえている。モータースポーツ全体の課題でもあるコストキャップ(予算制限)だけでなく、レギュレーションの安定化、収益の分配など多くの課題が存在しているのも実情だ。
自動車メーカーのモータースポーツ活動は撤退と復帰の歴史であり、各レースカテゴリーもまた、さまざまな危機に直面し、改善を繰り返すことで歴史を紡いできた。フォーミュラEの歴史はまだ浅いものの、自動車産業が進める電動化技術を象徴するモータースポーツとして認知され、都市型エンターテインメントとして新たなファン層の獲得にもつながるなど、従来のモータースポーツにはない役割を果たしている。
世界選手権としては3年目となるシーズン9(2022〜2023年)では、環境性と経済性を強化した次世代シャシー「Gen3」が導入される。フォーミュラEの冠スポンサーを務め、EV用高速充電器などを手掛けるABBは、「フォーミュラEは単なるレースではない。革新的なエレクトロモビリティ技術のテストベッド」として、2台のGen3マシンを同時に充電できる革新的な充電技術を提供する予定。市販EVの充電技術向上にもつなげていく方針だ。
世界各国で相次ぐカーボンニュートラル宣言やCO2排出規制の強化、水素社会の実現に向けた活発な動きなど、環境問題に対する意識は世界中で変わり始めている。サスティナブルな社会の実現に向けた次世代モビリティの技術開発を促進するフォーミュラEの役割は、今こそ重要になるとの見方も少なくない。
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