鍵を握るのはインフラ事業分野、東芝が持つAI技術ポートフォリオの“強み”とは:組み込み開発 インタビュー(3/3 ページ)
認識精度などの点で「世界トップレベル」のAI技術を多数保有する東芝。これらのAI技術ポートフォリオを、具体的にどのように事業に生かすのか。東芝執行役員の堀修氏と、東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 所長の西浦正英氏に話を聞いた。
インフラ分野外でも多様な顧客ニーズに応えるAI開発を
MONOist 東芝のAI技術ポートフォリオはインフラ分野以外だけでなく、多岐にわたっています。
西浦氏 東芝は長年にわたり、製造や物流、小売、施設管理など多岐の分野にまたがるAI技術ポートフォリオを構築してきた。例えば、2020年6月にはカメラ映像内に映る人間の密度や人数をリアルタイムで解析する「群集計測AI」を発表した。同AIの最大の特徴は、CPUによる処理でも映像をリアルタイム解析できる点にある。既存のAI技術をCPU上で動作させた場合と比較して約4倍の速度を実現し、1分間でカメラ180台分の画像を処理できる。既存のAIモデルと比較すると平均推定誤差も少なく、「世界トップレベル」の群集推定AIに仕上がった。
堀氏 豊富なAI技術ポートフォリオを基盤に、顧客のニーズに応じたソリューション開発、導入を実行する体制も整備中だ。AI関連の研究開発を行う東芝グループ各社には、研究部門とビジネス部門の接点になる「ワークスラボ」と呼ばれる部門を設置しており、これらの部門が緊密に連携しつつ、顧客の要望に柔軟に対応し得るソリューションを開発する。
グループ全体の事業成長をけん引するのはインフラ分野だと考えているが、他分野でも、例えば人流管理やサプライチェーンの最適化など、さまざまな顧客ニーズに対応してAI領域の事業成長を図りたい。
AI人材の増強計画も推進
MONOist AI技術の研究開発体制を教えてください。
西浦氏 研究開発センター内に「知能化システム技術センター」を設置し、TDSLや東芝デバイス&ストレージ、東芝インフラシステム、東芝エネルギーシステムなどの各部門からAI人材を集結させている。同センターでは、AIモデル開発や、AI開発に必要な基盤技術の拡充、エッジデバイス用のセンシング技術開発などに総合的に取り組み、AIの研究開発研究/開発体制を構築している。
MONOist AI人材のニーズは各所で高まっていますが、人材確保はどのように行う予定ですか。
堀氏 現時点での計画としては、2019年度には750人程度だったAI人材数を、2022年度には2000人にまで増強したいと考えている。このために、人材採用や社内育成などの取り組みを進めている。なお、ここでのAI人材とは、AIエンジニアだけではなく、データコンサルタントやデータリサーチャーなど広義の「AI人材」を含む。AIエンジニアに限って言えば、東京大学大学院情報理工学系研究科と共同で「AI技術者育成プログラム」を立ち上げるなどの取り組みを進めている。同プログラムでは全10回の講義や演習、課題実施を通じて年間100人程度のAIエンジニア育成を目指す。
課題は「AI開発企業」としてのプレゼンス向上?
MONOist AI技術を軸としたソリューション、サービス展開を推進する上での課題はありますか。
堀氏 最大の問題は認知度の低さだ。当社はAI開発企業としてのプレゼンスがまだまだ弱く、競合の国内大手ソフトウェアベンダーと比べて認知度が高いとはいえない。インフラ分野では既にいくつものAI開発案件の相談を受けているが、これらは社会インフラ事業で過去に取引していた企業からの問い合わせが中心だ。当社が保有するAIソリューションの優位性が十分に認知されていない。今後は認知度の向上に取り組むと同時に、新規顧客の開拓に一層注力しなければならない。
MONOist そうした競合に対する“勝ち筋”はどこに見いだしているのでしょうか。
堀氏 1つ目は、これまで当社が培ってきた、モノづくり企業としての知見の厚みだ。特に社会インフラ分野でのAI活用においては、当該領域の知識とAIをいかに組み合わせるかが重要になる。特に大事なのが、ハードウェアに関する知識だ。これまで当社は膨大な設備機器を顧客に納品しており、当然、それらの知見も多く持っている。それだけでなく、インフラシステムを構築することにも長けているが、こうした知識や知見は一朝一夕で得られるものではない。競合に対しての強いアドバンテージとなる。
2つ目は、今後増加が見込まれるエッジAIのニーズの取り込みだ。今後、インフラ分野ではエッジAIでデータを処理するニーズが増えていく。当社は半導体の事業を持つ企業として、マイコンやFPGA向けのエッジデバイス向けソフトウェアを設計する技術や知見が豊富にある。また、同性能のAIと比較して、より計算量が少なくて済むAIの開発技術も保有している。いずれもエッジAIとの親和性は高く、他社との差異化を図れるだろう。
AI領域における当社の認知度はまだまだ低いが、一度でも当社のAIを試してもらえれば、他社との精度の違いなどを実感してもらえるはずだ。また当社が独自に開発した「東芝IoTリファレンスアーキテクチャ(TIRA)」に基づいた共通データプラットフォーム「HABANEROTS(ハバネロ)」を開発しているが、これを用いることで顧客へのソリューション/サービス提供がより容易になると考える。今後は、さらに低コストかつ短納期でインフラソリューション/サービスを構築できるだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- DXの本質は「コトの起こる場作り」、東芝はCPSで何をしてきたか
東芝デジタルソリューションズ(TDSL)は2020年7月16日、新たに取締役社長に就任した島田太郎氏がオンラインで記者会見を行い、東芝グループにおけるデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)への取り組みとその中でTDSLが果たす役割について説明した。 - 成長への“フェーズ2”に入る東芝、インフラサービス企業への転換を加速
東芝は2020年6月5日、2020年3月期(2019年度)の決算と東芝Nextプランの進捗方向のオンライン説明会を開催し、「インフラサービス企業」への転換を本格化する方針を示した。 - 新生東芝はなぜ「CPSテクノロジー企業」を目指すのか、その勝ち筋
経営危機から脱し新たな道を歩もうとする東芝が新たな成長エンジンと位置付けているのが「CPS」である。東芝はなぜこのCPSを基軸としたCPSテクノロジー企業を目指すのか。キーマンに狙いと勝算について聞いた。 - 「データ2.0」時代は製造業の時代、東芝が描くCPSの意義と勝ち筋とは
MONOist、EE Times Japan、EDN Japan、スマートジャパン、TechFactoryの、アイティメディアにおける産業向け5メディアは2019年12月12日、東京都内でセミナー「MONOist IoT Forum in 東京」を開催した。前編で東芝 執行役常務 最高デジタル責任者(Chief Digital Officer)の島田太郎氏による基調講演「東芝のデジタル戦略、CPSテクノロジー企業への道」の内容を紹介する。 - なぜ東芝はデータ専門子会社を作ったのか
東芝は2020年2月3日、データを価値ある形に変え、実社会に還元する事業を行う新会社として「東芝データ」を設立したことを発表した。なぜ東芝はデータ専門子会社を設立したのだろうか。設立会見の質疑応答などの様子をお伝えする。 - 「モノ+データ」の新たな製造業へ、成果創出のポイントは「データ専門会社」
製造業のデジタル変革は加速する一方で2020年もさらに拍車が掛かることが予想される。その中で立ち遅れが目立っていたデジタル化による「モノからコトへ」の新たなサービスビジネス創出がいよいよ形になってきそうだ。ポイントは「専門の新会社設立」だ。