新開発の磁性くさびで誘導モーターの効率を向上、永久磁石モーターに迫る:組み込み開発ニュース
東芝は、永久磁石モーターに比べて安価だが効率で劣る誘導モーターについて、構成部品を置き換えるだけで効率を大幅に向上できる独自の磁性材料を開発したと発表した。鉄道用の誘導モーターに適用したところ、従来比で0.9%増の95.8%に効率を向上できたという。
東芝は2020年12月4日、永久磁石モーターに比べて安価だが効率で劣る誘導モーターについて、構成部品を置き換えるだけで効率を大幅に向上できる独自の磁性材料を開発したと発表した。モーターの固定子のスロットからコイルが脱落するのを防ぐ「くさび」に用いる磁性材料で、特に出力100〜200kWの中型から1MWを超える大型までの誘導モーターで効率向上の効果が大きいとする。実際に、鉄道用の誘導モーターにおいて、樹脂製の非磁性くさびを用いる場合の効率が94.9%だったところを、新開発の磁性くさびに置き換えることで0.9%増の95.8%に向上できたという。実用化時期については「数年後に鉄道車両メーカーなどが搭載に向けた実機評価を行えるようにしたい」(東芝)としている。
モーターの固定子と回転子のスロット(溝)にはコイルが組み込まれている。くさびはスロットからコイルが脱落するのを防ぐ蓋の役割を果たす構成部品である。樹脂などを用いる非磁性くさびの場合、磁束がスロットとスロットの間を流れる一方で、非磁性材料のくさびで蓋をされているスロットの部分は磁束が流れないため、磁束密度に粗密が発生する。この磁束密度の粗密によって、モーターの回転周期の基本波にその整数倍の高次周波数成分である高調波が加わることが効率低下の原因の1つになっていた。
磁性くさびは樹脂に替えて磁性材料を用いるくさびである。磁束密度の粗密が緩和できるので、高調波を抑制するとともにモーターの効率も向上できる。大型の産業用モーター向けなどで数十年の実績がある“枯れた”技術だが、その効率向上効果は限定的であり、動作温度上限が180℃程度と鉄道用に求められる耐熱性を満足できないなどの課題があった。
球状磁性金属粒子から扁平磁性金属粒子へ
今回開発した新たな磁性材料を用いれば、従来と比べてモーターの効率を大幅に向上するとともに、鉄道用に求められる耐熱性も備える磁性くさびを実現できる。東芝 研究開発センター 上席研究員の末綱倫浩氏は「モーターの設計を変更せずに、既存の非磁性くさびを磁性くさびに置き換えるだけで、永久磁石モーターに迫る効率を実現できる」と語る。
従来の磁性くさびの磁性材料は、鉄系や鉄シリコン系の球状磁性金属粒子を用いている。球状であるため磁束に3次元等方性があり、高調波の抑制に好ましくない磁束の流れも発生してしまうことが効率向上の壁になっていた。新開発の磁性材料は、鉄コバルトホウ素シリコン系でアモルファス(非晶質)構造の扁平磁性金属粒子を並べることで、高調波を抑制しやすい磁束の流れを生み出すような3次元異方性を備えている。また、磁性くさびの中で扁平磁性金属粒子を規則正しく並べる必要もあるが、扁平磁性金属粒子のアスペクト比(厚さと扁平面方向の高さの比)を調整するなどして製造条件を最適化することにも成功したという。
さらに、耐熱性についても、鉄道用モーターで求められる動作温度上限220℃をクリアした。損失特性は従来の磁性くさびと比べて50分の1にまで低減できており、その結果として鉄道用モーターで0.9%の効率向上を実現している。
東芝は、鉄道用モーター市場の8〜9割を占める誘導モーターについて低コストで大幅に効率向上できる技術を適用することで、鉄道用モーター事業の拡大につなげたい考え。また、97%前後とされる永久磁石モーターに新開発の磁性くさびを適用してさらなる性能向上を図るとともに、産業用モーター向けにも技術展開を広げていく方針だ。
なお、新技術の詳細については、2020年12月4日開催の「第57回 日本電子材料技術協会秋期講演大会」などで発表される。
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