ディーゼル、ダウンサイジングターボ、HV……パワートレインのトレンドを映すWEC:モータースポーツ超入門(3)(2/2 ページ)
F1、世界ラリー選手権(WRC)とともに国際自動車連盟(FIA)が統括する世界選手権が、世界耐久選手権(WEC)だ。フランスで毎年行われる「ル・マン24時間耐久レース」(以下、ル・マン)」を含むレースカテゴリーで、2020年9月に開催された今年のル・マンでは、トヨタ自動車が3年連続の総合優勝を果たしている。
ディーゼルのアウディにポルシェはダウンサイジングターボで対抗
ポルシェが持ち込んだのは小排気量エンジンとターボチャージャーを組み合わせたダウンサイジングエンジンだ。2014年シーズンから投入した「ポルシェ919ハイブリッド」には排気量2.0l(リットル)のV型4気筒直噴ターボエンジンを採用。当時、ポルシェは「これまでに作った中で最も効率的なエンジン」と呼んだ。
ダウンサイジングエンジンの特徴は、排気量や気筒数を減らして機械損失を低減、燃料消費量を抑えながら、ターボチャージャーやスーパーチャージャーといった過給機でパワー不足を補う点にある。919ハイブリッドではこのダウンサイジングエンジンに2種類のエネルギー回生システムを組み合わせた独自の駆動コンセプトを採用。ポルシェはこの919ハイブリッドで2015〜2017年のル・マンを3連覇。メーカー別勝利数でトップとなる19勝を達成している。
ところがポルシェのWEC/ル・マン参戦もわずか4年で終わりを告げる。2017年シーズンをもってWECから撤退し、2019年から電動フォーミュラカーによる「フォーミュラE」に参戦することを決めたのだ。同じVWグループのアウディも、2016年にWECを撤退して2017年からはワークスチームとしてフォーミュラEに参戦している(なお、アウディは2021年シーズンでフォーミュラEへの参戦を終了する)。電動化の流れがモータースポーツ業界にも着実に押し寄せていることを実感させる、撤退劇だった。
得意のHV技術を磨いてきたトヨタ
トヨタは2012年にハイブリッドマシン「TS030ハイブリッド」を開発、13年振りにWEC/ル・マンに復帰した。「THS-R(TOYOTA Hybrid System-Racing)」と名付けたレーシングハイブリッドシステムは、排気量3.4l(リットル)のV型8気筒の自然吸気(NA)ガソリンエンジンと、約300馬力を発揮するモーターで構成。エネルギー効率が高く、電力の回収を大量にかつスピーディーに行える電気二重層キャパシタ「スーパーキャパシタ」と組み合わせた。
THS-Rは年々進化を遂げた。2014年シーズンにおける車両規定の改定を受けて開発した新型マシン「TS040ハイブリッド」では、サーキット1周当たりに放出できるエネルギー量として6MJ(メガジュール)を選択(2MJ、4MJ、6MJ、8MJから任意の最大放出エネルギー量を選択することができた)。ハイブリッドシステムは480馬力を発揮した。これに520馬力を絞り出すNAエンジンを組み合わせ、THS-Rは1000馬力を超えるハイパワーを実現していた。
2014年のル・マンには日産自動車が「ZEOD RC(Zero Emission On Demand Racing Car)」で参戦した。モーターと排気量1.5l(リットル)の3気筒直噴ターボエンジンによる駆動を切り替えて走行するのが特徴だった(クリックして拡大)
2016年に登場した「TS050ハイブリッド」は、最も大きな技術的進化を遂げた。エンジンは排気量3.7l(リットル)のV型8気筒NAエンジンから排気量2.4l(リットル)のV型6気筒ツインターボエンジンに変更。燃料流量が規制されるレギュレーション下では熱効率の向上が出力アップにつながるため、熱効率50%を目標に開発を進めてきた。蓄電池はスーパーキャパシタに代わり、小型・軽量でハイパワー型のリチウムイオン電池に変更している。
トヨタはこうした改良を積み重ねながらTHS-Rを進化、熟成させてきた。ハイブリッドシステムのみならず空力性能のアップデート、リチウムイオン電池の信頼性向上なども抜かりなく進め、2018年には念願のル・マン初制覇。2019年、2020年も優勝し3連覇を成し遂げている。
2022年からは再びル・マンでトヨタとアウディが競う
これまでWECのトップカテゴリーであるLMP1クラスでは、自動車メーカーが各社それぞれのアプローチで技術競争を繰り広げてきた。来シーズンからは、市販されるハイパーカーをベースにした「ハイパーカー(LMH)規定」が導入されることが決まっている。トヨタGAZOO Racingヨーロッパは2021年1月11日に新型レーシングカーを発表する予定だ。
そして、2016年シーズンをもってWECから撤退していたアウディがスポーツカーレースに復帰することが明らかになった。ル・マンを主催するACO(フランス西部自動車クラブ)と、米国のウェザーテック・スポーツカー選手権を運営するIMSAによって作られた新たなクラス「LMDh」に復帰する計画で、現在、集中的な準備を行っているという。2022年からはWECのハイパーカークラスに、このLMDh規定のマシンが参戦可能になる予定で、トヨタとアウディが再びル・マンの地でしのぎを削ることになる。
現在、欧州市場ではCO2排出規制が強化され、環境対応は自動車メーカー各社の重要な経営課題となっている。モータースポーツ活動もまた同様だ。ACOは、2020年の大会期間中に燃料電池車(FCV)の新型プロトタイプカー「グリーンGT H24」を初公開。次世代に向けた自動車技術開発に取り組む姿勢を鮮明にしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- モータースポーツの見どころは順位だけではない! 「走る実験室」で磨かれる技術
順位を競うだけではないのがモータースポーツの世界だ。技術競争の場でもあるからこそ、人やモノ、金が集まり、自動車技術が進化する。知られているようで知らないモータースポーツでの技術開発競争について、レースカテゴリーや部品ごとに紹介していく。1回目はF1(フォーミュラ・ワン)を取り上げる。 - F1にこだわり続けたホンダ、なぜ参戦終了を決めたのか
ホンダの参戦終了は世界中のファンはもとより、F1関係者にも大きなショックを与えた。ただ、ホンダの経営判断を理解するには、自動車産業を取り巻く環境変化や、F1そのものの在り方についても配慮しなければならないのではないか。 - ポルシェの「ル・マン」17年ぶり勝利を支えた「攻め」のマシン設計
ポルシェが1−2フィニッシュを飾った2015年の「ル・マン24時間耐久レース」。それまでのWECのレースで圧倒的な早さを記録しながら、耐久性に一抹の不安を残していたが、それをも拭い去る17年ぶりの勝利だった。後塵を拝したトヨタ自動車との違いは、「攻め」のマシン設計にあった。 - ハイブリッドレースカーが火花を散らす、今WECがアツイ!
F1と並んで、現在注目を集めている自動車レースの世界選手権がある。2012年から始まったFIA世界耐久選手権(WEC)だ。今回は、ハイブリッドレースカーだけが参加できるトップカテゴリーの「LMP1-H」に参戦しているトヨタ自動車を中心に、WECの魅力をお伝えしよう。 - 日産が「ル・マン」最高峰クラスから撤退、FF方式での参戦は1年で幕
日産自動車は、2016年シーズンのFIA世界耐久選手権の最高峰クラス・LMP1への参戦を取りやめると発表した。同社は2015年シーズンから参戦していたが、1年で撤退することとなった。