デジタル擦り合わせ力を高める:製造業DX推進のカギを握る3D設計(3)(2/2 ページ)
日本の製造業が不確実性の高まる時代を生き抜いていくためには、ITを活用した企業の大変革、すなわち「デジタルトランスフォーメーション(DX)」への取り組みが不可欠だ。本連載では「製造業DX推進のカギを握る3D設計」をテーマに、製造業が進むべき道を提示する。第3回は「デジタル擦り合わせ」について深掘りし、その効果や活用イメージを詳しく見ていこう。
目的は3Dデジタルツインの完成度を上げること
「設計で品質と原価の80%が決定する」といわれる。設計という源流で、3Dデジタルツインの完成度をいかに上げていくかが、デジタル擦り合わせの最大の目的となる。かつて、プロセスを並列化することを「コンカレントエンジニアリング」と呼んだが、現在は“プロセスを同時に終わらせる”という意味で「同時開発」と呼んだ方がよいかもしれない。設計が終わった時点で、生技要件や製造要件を満足する3Dモデルを完成させるのである。プロセスが並列化され、デジタルトランスフォーメーション(DX)も加速する。源流で3Dデジタルツインの品質を作り込み、それを製品の品質へと引き継いでいく。この結果、設計変更も最小化し、コストも削減され、リードタイムは短縮する。
VRでベテランの知見も生かす
デジタル擦り合わせを加速するために、最近、注目されているのがVR(仮想現実)技術である。実はごく最近まで、モノづくり分野におけるVRの普及は思ったほど進んでいなかった。その理由は、レスポンス向上のため、3Dモデルを簡略化するなど準備が大変であり、実機と同等の検証ができず、その結果、実機検証で確認すべきことが大半になってしまうからである。しかし、設計に3Dデジタルツインが準備され、それをXVLのような軽量3Dモデルに変換するだけでVRが開始できるとしたらどうだろう。しかも、軽量3Dなら3万点近い自動車クラスの部品点数であっても、そのままレビューできる。まさに実機レスのVRが実現できるのだ。
VRには現場のベテランならではの経験を生かすことのできる大きなメリットがある。それは、3Dモデルが1:1のスケール(実寸)で表示されるので、大きさが直感的に理解できることだ。ベテランであれば、VRで部品の大きさを把握するだけで、うまく組み付くかどうか、あるいは、おおよその重さを推察できる。だから、「この大きさなら手作業で組み付けられる」といったことも現場経験を持つ人であれば直感的に判断可能だ。まさにデジタルで現場の力を引き出し、その気付きを設計にフィードバックすることで、デジタル擦り合わせを実現できる時代になった。
では、工場設備には古い図面しかなく、3Dモデルが存在しないという場合はどうすればよいか? 今なら、3Dスキャンして点群モデルとしてVRで再現することも可能だ。3D CADデータがあれば3Dモデルで、なければ3Dスキャンして点群を準備し、それらを統合することができる。また、現場では距離感をつかむために自分の手を見たいというニーズもある。技術的には、手の位置を安価なセンサーで感知しておいて、それをCGで再現するということも可能だ。現在では数十万円程度のVR機器があれば、動画1のレベルまでは再現できる。このように全社の知見を集めたデジタル擦り合わせは既に実用段階にあり、先進各社ではもう挑戦が始まっている。
「70%もある」「70%しかない」、どちらで考えるか?
3D活用の重要性は分かるが、とてもそこまで3Dモデルを整備する時間がないという話もよく聞く。3Dモデルの整備時間をケチった結果、結局、実機検証でトラブルが多発し、納期遅延という最悪の事態に陥ってしまうことも多い。
発想を逆にしてはどうだろうか。3Dモデルを全て整備してから活用するのではなく、活用しながら徐々に整備を進めていくのだ。筆者にはこんな経験がある。3Dモデルからイラストを制作するある大手メーカーの話である。そこでは当初、3Dモデルが70%しかないのに、3Dからのイラスト作成を始めた。足りない部分は手動で補うので、生産性はかえって低下する。しかし、設計がその効用を理解すると、やがて過去の部品も徐々に3D化し、イラスト作成が自動化され……という形で見る見るうちに生産性を上げていった。やがて、「3Dデジタルツイン整備の手間」よりも「そこから生み出させる効用」の方が大きくなる。そして、その効用は一気に拡大する。3Dモデルは70%もあったのだ。
冒頭のスウェーデン政府のメッセージの最後は、「語り合い、支え合い、解決すべきだ」と続く。デジタル擦り合わせとは、実機を置き換える3Dデジタルツインを前に、異なる知見を持つメンバーで、「多様な視点から語り合い、足りないところを支え合い、適切に解決していくこと」に他ならない。3Dデジタルツインは遠隔共有もできるので、社会的な距離を縮め、物理的な距離をとりながらも議論する場を生み出す。いわば、「リモート3Dワーク」(参考5)の実現である。感染拡大を繰り返すCOVID-19を前に、デジタル擦り合わせ力を武器として、日本の製造業の皆さんとともに新しいモノづくり手法に挑戦していきたいと考えている。 (次回に続く)
Profile
鳥谷 浩志(とりや ひろし)
ラティス・テクノロジー株式会社 代表取締役社長/理学博士。株式会社リコーで3Dの研究、事業化に携わった後、1998年にラティス・テクノロジーの代表取締役に就任。超軽量3D技術の「XVL」の開発指揮後、製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を3Dで実現することに奔走する。XVLは東京都ベンチャー大賞優秀賞、日経優秀製品サービス賞など、受賞多数。内閣府研究開発型ベンチャープロジェクトチーム委員、経済産業省産業構造審議会新成長政策部会、東京都中小企業振興対策審議会委員などを歴任。著書に「製造業の3Dテクノロジー活用戦略」「3次元ものづくり革新」「3Dデジタル現場力」「3Dデジタルドキュメント革新」などがある。
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