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日本の製造業の「自信」と「信頼」の回復に向けて事例で学ぶ品質不正の課題と処方箋(7)

“製造業における品質不正に対する処方箋”について、リスクコンサルタントの立場から解説してきた本連載。最終回では、品質コンプライアンスを適正に実現するための経営の在り方について解説します。

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はじめに

 本連載では、“製造業における品質不正に対する処方箋”について、リスクコンサルタントの立場から解説してきました。最終回では、品質コンプライアンスを適正に実現するための経営の在り方について提示します。

 一連の品質不祥事は、日本のモノづくりが自信と信頼を失いつつある1つの象徴として捉えることができます。これには2つの意味があると考えられます。

1.日本のモノづくりの現場がルールを破らざるを得ないほど追い込まれている

 この数年、一部の企業は過去最高益を出してはいますが、その半面、多くの企業の現場においてムリと負荷を積み上げていたことが、一連の不祥事からあらわとなりました。

 コストと納期に対するプレッシャーが強くなる中、作業員の高齢化、働き方の多様化と技術伝承の困難さ、設備の老朽化と非効率の温存など、製造業の現場を取り巻く環境はますます厳しくなっています。品質不祥事は、経営者や経営幹部による私利私欲によるものというよりも、“追い詰められた現場の悲鳴”に近いものといえるでしょう。

2.日本のモノづくりがルールに対する感度とコントロールを失っている

 ESG(環境:Environment、社会:Social、企業統治:Governance)や働き方改革に代表されるように、日本企業を取り巻く価値観とルールは目まぐるしく変化しています。この変化に対する企業による組織的学習と対応が機能せず、時として唯我独尊的に背を向けることが不祥事の遠因になっているといえます。

画像はイメージです(iStock.com/tuaindeed)
画像はイメージです(iStock.com/tuaindeed)

 さらに、ルールを守るという姿勢に過度に徹するがために、右往左往を繰り返し、多大なコンプライアンスコストを負ったり、ビジネス上の主導権や積極性を失ったりするケースも散見されます。また、そもそも実効性に疑問があるような規制に対する違反行為や、過剰な品質を求めるような検査基準値など、既に時代遅れになってしまった「ルール」につまずくようなケースも頻発しました。これは、企業が自らの価値観と信念に沿って積極的に社会のルール作りに参画する力が低減していることを示唆しています。

 よって品質リスク、特に偽装に代表される品質コンプライアンス問題への対応を適正に実現するためには、以下のポイントを踏まえて経営の在り方を見直すことが肝要です。

ポイント(1):
ステークホルダーへの目配りを徹底し、協創の関係を作る

 品質リスクの低減は、サプライチェーンの信頼性の確保ともいえます。そのチェーンを支える人材、顧客、サプライヤー、その他の取引先との関係も近年非常に複雑化しており、それらに対するリスク管理の徹底は、従来のアプローチでは困難です。一部の業界ではアンケートや監査の実施を進めていますが、いわゆるチェック一辺倒では限界があります。ステークホルダーを共通の価値を実現するための対等なパートナーとして位置付け、共に、そしてオープンに課題解決に当たるための共同作業の場を生み出す必要があります。

ポイント(2):
価値観の創造と実現に向けたアクションを受け身に回ることなくリードする

 コンプライアンス活動は文字通り「順守」のためのものであり、そのニュアンスは基本的に受け身です。ただし前述の通り、複雑化と曖昧化が進む現代のビジネス環境においては「順守」の姿勢だけでは競争優位のポジションを得ることは困難です。

画像はイメージです(iStock.com/Kritchanut)
画像はイメージです(iStock.com/Kritchanut)

 また、「順守」をステークホルダーに要請する以上、そこにおける関係はどうしても一方通行なものになりがちで、場合によっては負荷の転嫁や、リスク情報の隠蔽(いんぺい)の危険も伴います。むしろ、SDGs(Sustainable Development Goals:国際連合が定めた2030年までの持続可能な開発目標)のような大きな社会的羅針盤を与えられている企業は、ステークホルダーまたはビジネスパートナーとともに、自らの価値観や理想に沿った世界観を共に構築して、その実現に向けた市場と競争のルールそのもの(品質などの基準や法制度)を作ることを社会に投げ掛けていくことが、かえってコンプライアンスリスクの低減そのものにもつながるはずです。

 それは時として、全てのコミュニティーから受け入れられるものにはならず、予期せぬ、または意図せぬ形での社会的批判やルール逸脱を引き起こす可能性もあります。ただ、そのような状況にあっても企業を最終的に守るのは、自社の信念に誠実である態度であり、それに共感する人(ステークホルダー)といかに日頃より関係構築を進めているかだと考えられます。



 産業構造、そして社会の在り方が大きく変わろうとしている中で、多くの日本の製造業はビジネスモデルの転換に乗り遅れ、そしてその一部は品質不祥事に苦しめられていることに対して、筆者は大きな危機感を禁じえません。

 既に不祥事を引き起こした企業も、または引き起こすまいと懸命に予防点検を行っている企業も、抜本的な原因に目を向けない限り、遠からずして不祥事を再び起こすか、または経営そのもののつまずきに直面することでしょう。むしろ、こうした品質不祥事の発生(またはその可能性)を捉えて、前述のように自社の経営そのものの在り方を大きく変える口実として使う、つまり変革の起爆剤として活用することも一つの、ともすれば最後のブレークスルーのチャンスになるかもしれません。 (連載完)

筆者紹介

足立桂輔
KPMGコンサルティング株式会社 パートナー

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主にグローバルガバナンス、法務・コンプライアンス、リスクマネジメント、業務改善など、各種リスクコンサルティング業務を担当。海外子会社管理、ガバナンス改善などに関する執筆や講演実績多数。


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