脳損傷後の機能回復過程で新たに形成される神経路を発見:医療技術ニュース
産業技術総合研究所と理化学研究所は、脳損傷後の機能回復過程で新たに形成される神経路を発見した。脳損傷後に適切な脳の変化を促すことで機能を回復する、ニューロリハビリテーション技術の開発に寄与する成果だ。
産業技術総合研究所は2019年10月7日、脳損傷後の機能回復過程で新たに形成される神経路を発見したと発表した。同研究所人間情報研究部門ニューロリハビリテーション研究グループ長の肥後範行氏らと、理化学研究所との共同研究による成果だ。
脳が損傷を受けると、脳機能を支える神経路が変化して機能が回復する。例えば、運動機能を受け持つ第1次運動野に代わって、運動前野腹側部が機能する場合、リハビリ期間中に新しい神経路が形成されたと考えられる。
共同研究グループは、第1次運動野の損傷後に運動前野腹側部で生じる神経路の変化を観察するため、ビオチン化デキストランアミン(BDA)と呼ばれる解剖学的トレーサー(神経路の解析ツール)を用いて組織化学的な解析を試みた。
BDAが神経細胞の細胞体に取り込まれた後、軸索内を移動して終末(末端)に至ることを利用して、BDAを運動前野腹側部に注入し、約1カ月後、神経細胞終末に至った時のBDAを含む軸索終末(BDA陽性軸索終末)の分布を確認した。
BDA陽性軸索終末の分布に関して、脳損傷を受けていない健常個体と、第1次運動野を損傷させた後に手の運動機能が回復した脳損傷個体とを比較したところ、小脳からの出力を担う小脳核の領域で差が見られた。BDA陽性軸索終末が脳損傷個体の小脳核だけで観察されたことから、このBDA陽性軸索終末は、脳損傷後の機能回復過程で新たに形成された神経路と考えられる。
さらに、脳損傷個体について、BDAとシナプスの構成タンパク質(情報伝達分子)を多重蛍光染色で調べた。その結果、小脳核の神経細胞にBDA陽性軸索終末が結合する様子が見られ、BDA陽性軸索終末の一部がシナプス構成タンパク質を発現することが分かった。
近年、脳卒中などで脳に損傷を受けた後、適切な脳の変化を促すことで機能を回復するニューロリハビリテーションの考え方が広がっている。今回の研究によって、手の運動機能回復の背景にある神経路の形成が明らかになり、脳損傷後の機能回復経過で見られる脳の変化を捉えることができた。この成果は、今後のニューロリハビリテーション技術の開発に寄与することが期待される。
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