AUTOSAR人材の育成に向けた提言(後編)「研修」の前提を一緒に見直しませんか?:AUTOSARを使いこなす(12)(3/3 ページ)
車載ソフトウェアを扱う上で既に必要不可欠なものとなっているAUTOSAR。このAUTOSARを「使いこなす」にはどうすればいいのだろうか。連載の第11回では、AUTOSARの人材育成に関わる「研修」の現状について取り上げる。
受講者の幅の広さは、世界共通の問題?
ところで、以前は「受講者の幅」の難しさは日本固有のものではないと思っていました。ですから、AUTOSARの標準化会合の後の食事の際に参加メンバーにも非公式に相談してみたことがあります。
会合には、欧州各地やインドなどからさまざまなメンバーが集まってきているのですが、「車載ソフトウェア開発者になるのは、理工系の教育を受けた人たちだけではない」という状況を説明した段階で、驚かれることが少なくありません。眉をひそめられることすらあります。あるドイツの自動車メーカーのエンジニア(安全専門)からは「何のために大学などで教育を受けるのか? そして、専門教育なしでエンジニアの判断や成果物の質をどう保証するのか?」と、真剣に尋ねられたことがあります。質問というよりもむしろ「問い詰められた」に近かったといってよいでしょう。
残念ながら、彼らが納得するような回答はできませんでしたし、「受講者想定の幅の広さ」への対応についてのヒントも得られませんでした。そして、最後には「画一的といわれる日本のエンジニアが、そうも多様なバックグラウンドを持つとは知らなかった」「それでいて良いものが作れているのは謎だ」「よほど入社後の専門教育が厚いのか?」というコメントをいただきました。
この最後の「入社後の専門教育」で背筋がゾクッとしたのもを覚えています。というのも、これまではそうかもしれませんいが、今後の保証はないからです。特に「入社後の専門教育」の効果をどれだけあてにできるかは、疑問です。もちろん、能力は研修だけで向上していくのではないのですが、入社後に研修を受ける余裕はなかなかない(余裕を作り出せない)というお声はしばしば伺います※6)。それが将来の「良いものが作れている」につながってくると考えると、やはりぞっとします。
※6)ですから、本当は1週間くらいかけて実施したい研修を、2〜3日に詰め込んで実施することもあるのです。もちろん、前回書いたように「無理なものは無理」なのですが、「時間の余裕がなくなってからでは遅いのは分かっているのだが……」という悲痛なお声をいただいては、やむを得ませんので……。ですが、カスタマイズの協議と準備だけで何日もの手間が余計にかかることはどうかご理解ください。
教育と職業の分野が一致していた方が、教育システムの構築やそこでの表現の効率は良くなるでしょう。この点については、さまざまな理由からこうなってしまっているわけですので、日本の現状を急に変えることはできないでしょうから、今のところ日本では、受講者の前提知識の幅を広く想定してカリキュラムを構築していくしかありません。
「海外で実績のあるカリキュラムを日本の開発現場に導入しても、機能するとは限らない」ということ、「エンジニアという職に就く方々の、教育面のバックグラウンドの多様性が、研修の効率を下げる可能性がある」ということ、そして、「(さまざまな意味で)余裕がどんどんなくなってきていること」の3つ。これらを常に念頭においておけば、研修の効果を効率よく保証しようとしたとき、まだできることはある、と思っていただけるのではないでしょうか。
終わりに:スキルや研修の問題に、もう少し腰を入れて取り組みませんか?
現在、各企業や組織で進められている多くのプロジェクトで、社外のエンジニアが関わる比率は少なくありません。「経験があるか?」「できるか?」「知っているか?」という問いに対する返答とその解釈は難しいものだということは前回も書きましたが、不幸にしてプロジェクトでの要求にマッチしなかったときには、そのエンジニアは多少なりとも落ち込まざるを得ないのではないでしょうか。少なくとも、筆者自身は間違いなくそうなります。でも同時に、「いったいどう回答したら正解だったのか?」という思いに駆られることになると思います。決して幸せなことではありません。
日本の事情を考慮し、受講者の幅を認めつつも、研修の効率を下げずに済むような「前提知識」、この役割を果たすためにはこの程度の「能力」が必要という目安、そしてそれを得るための研修では「このような内容、日数」が必要という目安、これらの基準があれば、こういったコミュニケーション面でのシステマチックな問題の多くの回避はできるのではないかと思います。そんなところでのミスマッチは明らかに「systematic fault」ですから、システマチックに解決すべきです。そして、個人や個社のレベルで検討するようなことではなく共通認識の問題なのですから、業界全体で考えていくべき問題なのです。
ただ、「業界全体で」と言っておきながら、御自身では何もしないのでは他人への押し付けでしかありません。「We」を複数形の「You」の意味で使っていることに他なりません、そんな「われわれ(We)のふりをしたYou(pl.)」には「アイ(I)」が足らないのです。「We」を本当の意味での「We=I+you」にするために、皆さん自身「I」が参加することが重要ではないでしょうか(図1)。
この議論にご興味をお持ちの方は、よろしければ連載第10回の冒頭に掲載した連絡先までぜひご連絡ください。ひとまずは2019年9月末を区切りにして、それまでにお声が集まれば、議論を進めるための場の設定を検討したいと思います。
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