中小製造業における経営者の引退で生まれる問題:2019年版中小企業白書を読み解く(3)(7/7 ページ)
中小企業の現状を示す「2019年版中小企業白書」が公開された。本連載では、中小製造業に求められる労働生産性向上をテーマとし、中小製造業の人手不足や世代交代などの現状、デジタル化やグローバル化などの外的状況などを踏まえて、4回に分けて紹介している。第3回は、中小企業における世代交代の実態について紹介する。
経営者引退決断時における事業継続の意向
引退決断時の事業継続の意向を見ると、経営者引退を決断した時点で事業継続を検討していた経営者の9割以上が実際に事業の引き継ぎを行っており、廃業を検討していた経営者の9割以上が実際に廃業している(図22)。他方、引退決断時には廃業を検討していた経営者の中にも、事業の一部承継を実施した者が一定数いることが分かる。
続いて経営者引退を決断した理由について見ると、事業承継した経営者が引退を決断した理由は、「後継者の決定」「後継者の成熟」が多い(図23)。このことから、後継者に引き継ぐめどがついてから、自身の引退を決断する者が多いと考えられる。一方、廃業した経営者の引退決断理由は、「業績の悪化(事業の見通しが立たない)」が多く、業績が低下してから廃業に追い込まれるケースがあると思われる。両者に共通する引退決断理由は「経営者本人の高齢化・健康上の理由」「想定引退年齢への到達」となっている。
経営者引退前後の課題
経営者引退に向けて、自身や周りに及ぼす影響についての心配事はさまざまだが、まずは「事業承継した経営者」が、経営者引退決断時に何を懸念し、その後実際に何が問題になったかについて見ていく(図24)。懸念事項は、経営者自身については、「自身の収入の減少」や「引退後の時間の使い方」が多く、周囲については、「後継者の経営能力」「従業員への影響」「顧客や販売・受注先への影響」が多かった。一方で、実際に問題になったこととしては「自身の収入の減少」の割合は増加するが、「後継者の経営能力」や「従業員への影響」「顧客や販売・受注先への影響」は大きく減少している。
続いて「廃業した経営者」が経営者引退決断時に懸念したこと、その後実際に問題になったことを見ていきたい(図25)。実際に問題になったこととしては、「自身の収入の減少」が最も多い。「顧客や販売・受注先への影響」「従業員への影響」は、経営者引退決断時に懸念していた割合に比べ、実際に問題になったとする割合は低かった。これまでに見てきた、経営資源の引き継ぎの取り組みなどにより、こうした懸念は軽減される場合があると考えられる。
ここまで、中小企業における経営者の高齢化の実態を明らかにするとともに、それに伴う事業承継に向けての準備、有用な事業や経営資源を次世代の経営者に譲り渡すことの重要性などについて見てきた。第4回では、そのような事業や経営資源を譲り受ける者を含む「次世代の経営者」に着目し、分析を行っていきたい。
筆者紹介
長島清香(ながしま さやか)
編集者として地域情報誌やIT系Webメディアを手掛けたのち、シンガポールにてビジネス系情報誌の編集者として経験を重ねる。現在はフリーライターとして、モノづくり系情報サイトをはじめ、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
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