日本発で取り組む医療×MaaS、病院にも稼働率改善が必要だ:つながるクルマ キーマンインタビュー(3/3 ページ)
自動車業界以外の企業はMaaSでどんな課題を解決し、何を実現しようとしているのか。MONETコンソーシアムのメンバーでもあるフィリップス・ジャパンの戦略企画・事業開発兼HTSコンサルティング シニアマネジャー 佐々木栄二氏に話を聞いた。
ヘルスケアモビリティには複数の法律の壁
MONOist 既にヘルスケアモビリティのコンセプトカーも制作していますね。
佐々木氏 トヨタ自動車の「ハイエース」がベース車両で、遠隔診療を受けるモニターとバイタル測定の設備がある。バイタルデータはクラウドに蓄積し、体重や血圧などの急な変化から慢性疾患の可能性を分析できるというコンセプトだ。慢性疾患の可能性が高ければ、遠隔診療で医師と相談できるようにする。また、ベッドで診療を受けたり、処方箋を車内で受け取ったり、健康機器を購入できたりする。
コンセプトカーをMONETコンソーシアムのイベントで披露したところ、ヘルスケアに参入したい食品会社や保険会社などの他、医薬品を売るだけでないビジネスを模索する製薬会社からも関心を寄せられた。
ただ、現時点ではコンセプトカーの形ではナンバーを取得できない。車両登録時にはクルマの用途を届け出る必要があるが、ヘルスケアの車両に関するカテゴリーがないためだ。車両内での椅子の置き方、設備の取り付け、乗車人数の登録など制約が多いだけでなく、どこからどこまでを走るか事前に登録しなければならない。さらに、移動以外に用いてはいけないなどの規制があり、ヘルスケアモビリティとして自由に走り回ることができないのが現状だ。
ヘルスケアモビリティには薬剤師法や薬事法、医師法、道路運送車両法など複数の法律がかかわるので規制のハードルは高い。規制を踏まえてヘルスケアモビリティでサービスを始めるには、コンセプトカーの機能の一部を取り入れた車両を使うことになりそうだ。
実証実験で、フィリップスブランドのヘルスケアモビリティを2019年度中に走らせようと考えている。規制の範囲内で載せられる設備を検討しつつ、自治体のニーズ、関心に合わせて車両を用意する。地域や医療施設によってニーズは介護、病院の診察効率化、患者への移動手段の提供など異なる。病院のワークフローや診療科目によっても課題は変わってくる。自治体や病院のニーズをパターン化し、横展開してビジネスのスケールアップを目指したい。今は、パターンを1つずつ作っていく段階だ。
MONOist ヘルスケアモビリティに関して、法整備が進む可能性はあるのでしょうか。
佐々木氏 政府は保険医療データを統合した情報プラットフォームPeOPLe(Person centered Open PLatform for well-being)や、レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)を整備するなど、医療のデジタル化に向けた環境整備を進めている。モビリティについても実証実験で成果を示せれば規制緩和の可能性はある。医療のデジタル化に関する特区も設けられているので、内容と地域次第で、実証実験で走らせるクルマが決まってくるだろう。
自動運転より先に、モビリティでヘルスケアは何ができるか
MONOist ヘルスケア業界にとって、自動運転技術はどの程度重要ですか。
佐々木氏 個人的には、ヘルスケアと自動運転で新しい付加価値が生めるとはあまり感じていない。それよりも関心があるのは、モビリティにヘルスケアのサービスを載せることで、どんな付加価値を提供できるかだ。モビリティで遠隔診療をやらなくても、自宅にタブレットや設備があれば済むのかもしれない。モビリティにヘルスケアサービスを載せることで新たに生まれる価値や、解決できる課題を考えなければならない。その先に、自動運転で何ができるかという議論があると考えている。
なぜヘルスケアにモビリティが必要か、仮説は幾つか自分の中にある。正しいかどうかは、モノを作り、見て使ってもらわないと確認できない。まずは実証実験で確かめてみたい。ヘルスケアモビリティを作って1つのサービスを回しながら、他のサービスを追加して試せる形にしていきたい。専用車両では稼働率が上がらないからだ。ヘルスケアモビリティの正解はまだ分からない。患者を運ぶだけが正解かもしれないし、医療機器を満載して自宅を訪問することが正しいかもしれない。モノがないとそういうことは議論できない。
遠隔診療の普及はこれからだ。いきなり遠隔診療になるのではなく、モビリティを使いながら段階的に進むかもしれない。人によっては抵抗感もあるので、ヘルスケアモビリティに看護師を乗せて自宅を訪問し、遠隔診療をサポートするようなパッケージが考えられる。これで効果があれば、モビリティが介在したヘルスケアの形が示せる。
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