不凍タンパク質の導入で、−5℃で飼育した線虫の生存率が約10倍に上昇:医療技術ニュース
東京大学と産業技術総合研究所の研究チームは、遺伝子導入により氷結合タンパク質を発現させた線虫が、低温飼育下において最大で野生型の約10倍の生存率を示したと発表した。
産業技術総合研究所(産総研)は2019年5月15日、氷の結晶表面に結合して結晶の成長を阻害する氷結合タンパク質分子(IBP)を遺伝子導入技術で線虫に発現させ、−5℃で24時間飼育したところ、生存率が最大で約10倍に上昇したと発表した。
IBPは、「不凍タンパク質」とも呼ばれる物質。東京大学と産総研の研究グループは、魚類および菌類由来のIBPを、神経系、筋肉系、消化器系に部位特異的に発現させたトランスジェニック線虫を作製。低温環境に曝露した際の生存率や細胞を観察することで、個体レベルの低温耐久性と細胞保護効果について評価した。
実験方法としては、卵から成虫になるまでの3日間、24℃の寒天テンプレート上で飼育した後、−5℃または0℃の低温環境下に1日間さらした。次に、室温に戻して生存数を数えた。
その結果、−5℃で1日飼育した時の生存率が、野生型で7%だったのに対し、体壁筋にIBPを導入した線虫では約72%まで上昇した。また、IBPを発現した線虫の方が野生型より多数の細胞を観察でき、細胞保護機能も確認された。氷結晶があまり存在しない0℃の環境下でも、IBPを導入した線虫の生存率の上昇が有意に示され、線虫体内へのダメージが防がれていることが明らかとなった。
今回の成果は、移植臓器や食品などの新しい低温保存技術や長期常温保存技術につながると期待される。今後は、より微小な部位への発現による一層の耐久性の向上やメカニズムの解析、他のIBP分子の利用、より小さい分子の活用の検討、遺伝子導入を用いない分子導入方法の技術開発を進めていくとしている。
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