IoTから脱落した巨人インテルの蹉跌、かくもIoTビジネスは難しい:IoT観測所(50)(2/3 ページ)
IoTの団体や規格/標準についての解説をお届けしてきた本連載も最終回。最後は、団体ではなくインテルという特定の企業のこの数年の動向を紹介しながら、IoTというビジネスを総括してみたい。
「Quark」「Edison」「Curie」を投入も、立て続けに販売終了
さて、これで満足していれば別に大した問題は無かったのだろうが、インテルは現在では事実上唯一の、自社ファブをメインに製造を行う半導体ベンダーである。「メイン」というのは、チップセットとか無線LANやネットワーク関連製品などに関しては外部ファブ(主にTSMC)を利用するからであるが、この結果として自社のファブの稼働率を高めることが必須となる。
要するにたくさん製造してたくさん販売することで、初めてファブの早期の減価償却と、次世代ファブへの設備投資が可能になる。この観点で言えば、「2020年には500億個のIoTデバイスがインターネットにつながる」といわれるものの、これらのうちインテルのプロセッサが占める割合はその1%にも満たないことになる。理由は簡単で、インテルのプロセッサは性能とコストが高すぎるからだ。なぜ高いかといえば、ダイサイズが大きいからで、要するに性能を高めるべく複雑なコアを実装しているから、どうしても回路規模が大きくなる。
ところが500億個のIoTデバイスのほとんどは、インテルのプロセッサではオーバーキルすぎるほどに低い性能で十分であり、それゆえにインテルのプロセッサは選ばれない。逆に言えば、これを何とかしないと500億個のIoTデバイスの生産にインテルのファブが使われず、仮にPCマーケットが衰退するとファブの稼働率が猛烈に下がることになりかねない。これはインテルとしては避けたいシナリオである。
そこで、2013年のIDF(Intel Developpers Forum)でインテルが突如発売したのが「Quark」である(図1)。Quarkは、インテルが初めて作った32ビットのMCU(もどき)である。CPUコアそのものはP54、つまりPentiumのコアを32nmプロセスで製造したもので、これにSRAMや周辺回路を搭載したものだが、フラッシュメモリが未搭載の一方で、イーサネットやPCI Expressまで搭載されているという、MCUというにはあまりにバランスのおかしな製品であった。
また、I2Cインタフェースがないため、GPIOの先にレベルシフターを付け、ソフトウェア的にI2Cの信号を駆動するという猛烈な構成になっていた。このQuarkを搭載する「Arduino」互換の初代ボード製品「Intel Galileo」は、演算だけさせているとすごく早いが、I2CとかのI/Oを始めた瞬間にATMega328の数倍遅いという、恐ろしくバランスの悪い製品になっていた。まぁ要するに、インテルの企画担当者が、正しく製品ターゲットを絞り切れなかった、というあたりがQuarkの問題点だったのだろう。
これだけ偏っていると、やはりIoTの低価格デバイスに使うにはかなり厳しいものがあり、実際インテルは頑張ってパートナー企業を探したりしたものの、結局採用事例は1つも聞かないまま終了である。ただ、これでいろいろとインテルも学習したようで、2015年10月に「Intel Curie」を発表した。プロセッサコアそのものは引き続きQuarkのままであるが、これに384KBのフラッシュメモリや、「ARC EM4 DSP」をベースにしたセンサーサブシステム、6軸加速度センサー、Bluetooth Low EnergyトランシーバーなどをSIP(System in Package)の形で統合した製品(インテルはこれを「Curie Module」と呼んでいる)で、I/O周りも非常に使いやすく高速になり、魅力的な製品に仕上がった。
またArduino LLCと共同で、Arduino 101にこのCurieが採用されることが決まり、実際発表当時は「Arduino Uno」の後継製品的な扱いすらされていた。Arduinoに供給、ということは一定の出荷量が継続して見込めるという意味でもあり、それ故にIntelはCurie Moduleを長期に供給する意思がある、と業界では受け止められたのも無理はない。このままインテルが態度を変えなければ、それまで地歩を築けずにいたMCUの分野に、一定のシェアが見込めたかもしれない。
あいにく、インテルはそこまで気が長くなかった。まず2017年6月、QuarkをベースとするIntel Galileoと、Atomをベースにやはり低消費電力向けとした「Edison/Joule」を販売終了扱いにし、ついで同年8月にはCurieも販売終了にしてしまった。結果、せっかくのArduino 101もやはり販売終了になっている。この結果として、少しだけ未来が見え始めていた、センサーノードなど低価格エンドポイントデバイスのマーケットにリーチする機会を完全に失った格好になる。そしてこのマーケットを諦めると、Wind Riverを保有している意味もなくなる。
結局インテルは2018年4月にWind Riverを売却してしまった。要するに、OIC発足前とほぼ同じ状況に戻ってきた形である。そのOICというかIoTivityも、ではそれなりに使われているのか? というと非常に怪しい状況である。例えばインテルのAtomあるいはCore iを利用したIoTエッジソリューションを提供するOEMベンダーは少なくないが、そのほとんどがAzure IoTあるいはAWS IoT向けのプラットフォームを、AtomあるいはCore iで提供しているという状況だ。要するに、OIC(やOCF)とAllJoynが覇権争いをしている間にIoTクラウドが全てのマーケットを掻っ攫ったという格好である。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.