電気自動車の普及シナリオをモビリティサービスの観点から読み解く:IHS Future Mobility Insight(8)(2/2 ページ)
各国政府の規制強化によりEV(電気自動車)の普及が進むことが予測されている。しかし、規制だけがEVを普及させる要因にはならない。急速に浸透しつつある配車サービス(ライドへイリング)を中核としたモビリティサービスこそが、EV普及を加速させる主役になる可能性が高い。
ライドヘイリング市場を席巻するDidi、そしてソフトバンク
現在、グローバルでライドヘイリング企業は約25社あるが、Uber(ウーバー)とDidi(滴滴出行、ディディチューシン)が2トップとなっている。Uberは世界78カ国で事業展開、Didiは中国をほぼ独占している。またDidiは、中国以外へのグローバル市場へアクセスするため、他のライドヘイリング企業であるLyft、Grab、Olaに積極的な出資を続けている。
さらにハイテク、IT産業と自動車製造産業の資本関係も複雑化している。自動車メーカーはこうした資本提携を通じて、ライドシェアビジネスやビッグデータへのアクセス、自動車販売の機会創出、規制クレジット獲得などの実質的メリットを享受できるだろう。一方で自動車メーカーのライドヘイリング経験値は低く、ライドヘイリング事業者が提供するエコシステムの中で、移動手段の供給者としてどういった役割を果たせるのだろうか。
Didiは自社のビッグデータや配車サービスの経験を活用し、リース、シェアリング、アフターサービスなど、31社とともに「世界最大の車両オペレータープラットフォーム」を目指すため、2018年4月に「Didi Auto Alliance」を結成した。DiDiのリードのもとで、中国の地場自動車メーカー13社、外資系自動車メーカー4社、EVスタートアップ6社、その他通信、地図、充電設備、再生エネルギー関連の中国企業5社が参加している(図2)。Didiは、環境対策、石油依存からの脱却、中国産業の競争力強化の観点から、2028年までに1000万台のEVの普及を掲げる。また、Didi配車サービスでは、利用者の80%が単独での乗車であり、短距離で高速走行の必要性が低いという分析結果から、それらのニーズに見合うモビリティサービス専用車の開発を検討している。自動車製造産業にとってはビジネスチャンスとなる。
またDidiの株主でもあり、Uber、Grab、Olaなど世界のライドヘイリング企業へ350億米ドル(約3兆9000億円)以上出資しているソフトバンクは、現在モビリティサービス市場で最も重要なプレイヤーだ。2018年にはGM(General Motors)の自動運転部門であるGM Cruise(GMクルーズホールディングス)にも19.6%出資済みで、AI(人工知能)技術を軸とした「モビリティAI群戦略」により、モビリティサービス市場の再定義を狙っている。※)。
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GMは自動車製造産業では著しく競争力を喪失しつつあり、ソフトバンクとの資本提携により、世界のライドヘイリング市場へEVを供給できるチャンスを獲得、モビリティサービスヘの業態転換を進めている。ホンダもGM Cruiseへの出資を通じて、同様のビジネスチャンスを模索している※)。
※)関連記事:ホンダとGMが無人ライドシェアで協業、ソフトバンク出資のクルーズが核に
さらには2018年10月、トヨタ自動車もソフトバンクとの提携を発表した。新会社「MONET Technologies」を共同で設立し、モビリティサービスの基盤を開発、提供していく※)。ソフトバンクはまさにモビリティサービス市場の台風の目になっているといえるだろう。
※)関連記事:トヨタが進めるコネクテッドカー“3本の矢”、ソフトバンクとの新会社も矢の1つ
モビリティサービスに期待されるEVとは
モビリティサービスに期待されるEVとは具体的にどんな車型なのだろうか。まず、シティーコミューター向けの超小型車がある。Daimler(ダイムラー)の2人乗りの「EQ fortwo」や、さらには電動トゥクトゥク、GMとSegway(セグウェイ)が開発した2人乗りの「P.U.M.A.」など、過剰なスペックをそぎ落とした車型が考えられる。
次に、商業用では汎用性の高い車型が想定される。これはトヨタ自動車の「e-Palette Concept」に代表されるように自動運転技術を活用した移動型の店舗、レストラン、多目的移動スペースなどに特化したクルマだ。最後は、都市間などの長距離移動を想定し、十分なバッテリーを搭載するためにホイールベースが長めの車型だ。Daimlerの「F105 Luxury」やVolvo Cars(ボルボ)の「Volvo 306c」が代表例となろう。
このように、モビリティサービスでは「所有」を前提とした自動車の車型にはないような個性的な移動手段のニーズが高まる可能性がある。また、環境対策、石油依存からの脱却、自国産業の競争力強化の観点からモビリティサービス企業はその移動手段としてEVを想定しているケースが多い。
自動車製造産業は、モビリティサービスを通じて、消費者のニーズに見合うモビリティサービス専用車を開発することで、自動車の「利用」を前提としたエコシステム内での生き残りを探る。このモビリティーサービス専用車が、消費者の経済性、安全性、利便性、環境性を実質的に改善できるようになれば、中長期的にEVの普及をさらに後押しすることになるだろう。
お知らせ
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プロフィール
西本 真敏(にしもと まさとし) IHS Markit Automotive 日本/韓国生産担当マネージャー
日本鉄鋼メーカーの自動車部門で10年間購買、営業、企画部門に携わる。2008年、CSM Worldwideへ入社。現在はIHS Markit Automotiveの日本/韓国生産担当マネージャーを務める。東京オフィス在籍。日本と韓国の自動車生産や自動車メーカーの生産戦略などの予測・分析を行う。
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