完全ワイヤレスイヤフォンのキラー技術「NFMI」の現在・過去・未来:小寺信良が見た革新製品の舞台裏(9)(4/4 ページ)
左右分離型のワイヤレスイヤフォン、いわゆる完全ワイヤレスイヤフォンが人気を集めている。2016年ごろからKickstarterでベンチャー企業が製品化して話題となったところで、同年末にアップル(Apple)が「AirPods」を発売。
AIアシスタントの世界へ向けて
―― ハイレゾ対応以外で、現在のNFMIの技術的な課題や新しい取り組みなどはありますか。
平賀 課題と言いますか、取り組んでいることはあります。
最近のオーディオ技術のユースケースとしては、ヘッドフォンのノイズキャンセルの他に、音声アシスタントやリアルタイム翻訳といったカテゴリーがあります。これら3つに共通しているのは、音声の取り込みなんですよ。
昨今の音声取り込み関連では、AIアシスタントやAIスピーカーの盛り上がりがありまして、この部分にNFMIの技術を使って何かできないかと。今イヤフォンはスマートフォンとつながってますから、スマートフォン経由で「Siri」や「Alexa」、「Google Assistant」などを利用する際に、マイクからの音声に周囲のノイズまで大きく取り込んでしまうと、AIアシスタントが認識できないという問題があります。
これをクリアする技術として、特定の場所のみを集音する「ビームフォーミング」という技術があるんです。これをNFMIの技術と組み合わせるということをやっています。
―― ビームフォーミングというと、これまでフロントサラウンドスピーカーなどで使われてきた技術ですよね。それを集音に使うということですね。
平賀 集音のビームフォーミングでは複数のマイクを使います。例えばイヤフォンに組み込む場合、片側だけに前後2つのマイクを組み込むだけでも、指向性を前方に向けることができます。また、左右のイヤフォンそれぞれに1つずつマイクを組み込むと、指向性は顔の中心軸方向に特性を持ちます。
この2つを足す、すなわち片側に2つ、左右で4つのマイクを使ってDSPで処理を行うと、口元だけに指向性を向けられて、非常に精度よく音声を取り込むことができるようになります。
AIアシスタントに音声で指示を与える際に、その音声が明瞭でなければ誤認識などによって正確な指示が伝わらない可能性があります。今後は完全ワイヤレスイヤフォンによる集音にビームフォーミングを活用して、より明瞭な音声の取り込みを実現していくことが、われわれの命題になっています。
―― なるほど。ただこの技術、NFMIとどう関係するんでしょう?
平賀 実際ここまでのレベルのビームフォーミングをやろうとすると、右からと左からの取り込む音声のレイテンシが大きな問題になってくるんですね。左右の取り込みのタイミングがずれていると、きちんとした処理ができないんですよ。
―― ああ、DSPで処理するのは左右どっちかのユニットなので、拾った音をもう片方に伝えてやらないといけないわけですね。NFMIは非常に低遅延なので、音がズレないと。
平賀 右と左の遅延が全くないとは言わないんですけど、2.7msecで遅延が安定してるんですよ。レイテンシにブレがないために、DSPで処理がしやすいというところがキーポイントになっていまして、ビームフォーミング対応イヤフォンを作る上では、NFMIの技術というのは非常に重要な位置付けになるかなと考えております。
ちなみにBluetoothの遅延時間は100msecぐらいになります。
―― その場合、NFMIを音声取り込みのビームフォーミングに展開する場合、NXPは技術的にどこまで面倒をみる形になりますか。
平賀 NFMIのチップにビームフォーミングに必要なプロセス処理を取り込めるかというのはご回答できないんですが、ゆくゆくはこうした音声処理系が全て1チップになっていくのかなと思います。
―― その他にも、こんな用途で使われそうだというケースはありますか。
平賀 水中で通信できる技術というのはこれぐらいしかないということで、水中でのコミュニケーションツールとしての使い方があるのかなと思います。今まで水中でのコミュニケーションは、ジェスチャーしたり、ボードを使って文字を書いたりといった方法が主流だったようなんですね。
一方、NFMIでは、大きなコイルを使えば、水中でも何mも先の人と普通に会話することができます。そういうユースケースも注目されていますね。
これまでNFMIの採用は、主に欧州のメーカーに限られており、日本や米国メーカーの採用は遅れていた。ある国内メーカーに、NFMIの採用の可能性を問い合わせたことがあるが、音質面での課題がクリアできず採用を見送ったという話も聴いたことがある。
ただ国内でも、Xperiaブランドではあるがソニーが採用したことで、一気に広がっていく気配が出てきたといえるのではないだろうか。
一方で、NXPの企業としてのステータスはクアルコム(Qualcomm)に買収されるとの話がある。既に各国の独占禁止法関連の課題をクリアしているが、最後の中国で承認が降りないということのようだ。
最近では、中国における独占禁止法の審査をしている中国商務省が2018年4月19日、「市場競争に不利となるかもしれない」として、この買収承認に慎重な姿勢を示していると報じられた。米国が中国の通信機器大手であるZTEとの取引禁止措置を行ったことで、その報復措置ではないかとの見方もあるようだ。
スマートフォン用メインプロセッサを提供するクアルコムとNXPが組めば、さまざまな大きなシナジーが産まれることは間違いないが、その実現が政治的な駆け引きに利用されている面があるのは残念である。
筆者紹介
小寺信良(こでら のぶよし)
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
Twitterアカウントは@Nob_Kodera
近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)
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