完全ワイヤレスイヤフォンのキラー技術「NFMI」の現在・過去・未来:小寺信良が見た革新製品の舞台裏(9)(3/4 ページ)
左右分離型のワイヤレスイヤフォン、いわゆる完全ワイヤレスイヤフォンが人気を集めている。2016年ごろからKickstarterでベンチャー企業が製品化して話題となったところで、同年末にアップル(Apple)が「AirPods」を発売。
BluetoothにはないNFMIの特徴
―― NFMIが音楽用として注目され始めた背景としては、どういうものがあるんでしょう。
平賀 NFMIではない従来製品では、左右の伝送もBluetoothで行います。しかし、どうしても電波というのは周波数が高くなればなるほど、水に吸収されてしまって飛ばないという現象が起こるんですね。
人体は70%が水といわれておりますが、両耳の間を直線方向で通信しようとすると、当然ながら頭の中、つまり水分を大量に含む脳で減衰してしまう。それを今どうしているかというと、出力を上げたり、イヤフォンから長いアンテナを出したりして、電波の回り込みを利用することになります。
しかしそうして出力を上げると、閉鎖された空間では電波が反射してしまったり、あるいは他での受信、つまり盗聴に弱くなったりといった問題も出てくるんですね。
また現状のBluetoothでは、レイテンシ(遅延時間)が長いという問題もあります。スマートフォンとイヤフォンの通信で遅れ、加えて左右のイヤフォンの通信でも遅れますので、レイテンシが2倍になりますよね。従って、動画の音声を聴いたときに違和感があったり、通話しようとすると会話にならないほどの遅れが生じたりします。
もちろん、左右の音切れの問題も解決したいというニーズも、われわれとしては重視してきたところです。
NFMIの原理は相互誘導
―― NFMIを使うと、なぜそれらの問題が解決できるのでしょうか。
平賀 それにはまずNFMIの原理を知って頂くのが早いと思います。
中学校か高校かで習うと思うんですけれども、電流が流れているコイルに、別のコイルを近づけると、そちらにも電流が発生するという現象があります。これは電流とコイルによって磁場が発生し、その磁場の変化によってもう1つのコイルで電磁誘導が起こる、相互誘導という現象なんですが、NFMIはこの現象を利用して信号を伝達しています。
電波ではなく磁力を使うので、電波干渉に強いだけでなく、水の中でも通ります。耳と耳の間の距離を通信させるのであれば、脳の中を通って直線距離でいけますので、非常に小さいコイルと電流で済みます。もうちょっと広範囲の、ボディーエリアと言いますか体全体くらいの距離を伝送する場合でも、コイルを大きくしたり電流を大きくしたりすることで、簡単に可能になります。
出力が小さいということは、消費電力が少なくて済むということですね。加えて最小限の出力で済みますから、盗聴されにくいという特徴があります。
―― 水を通って通信できるということは、スイミングなどでも使えるということですね。
平賀 もともとブラギのDashは、4GBの内蔵メモリを用いた音楽プレイヤー機能も搭載しています。スマートフォンとのBluetooth通信は不要で、NFMIだけで完結する、プールにも入れるという製品になってますね。
―― 通信原理による特徴というのは分かりました。一方でなぜレイテンシが短いのか、原理からは読み取れないのですが。
平賀 これは通信プロトコルに大きな特徴があります。技術的にはTDMA(Time Division Multiple Access:時分割多元接続)といいますか、時間を分割したスロット方式になっていまして、音声とデータのスロットが送受信できるようになってるんですね。
Bluetoothのプロトコルと違って、音声用のスロットがきちんと予約されているので、余計なデータが割り込んでこないということなんです。完全にレイテンシがゼロではないんですが、常に一定の遅延量であるというところも、重要なポイントです。
―― 音質面ではいかがでしょう。やはり今の完全ワイヤレスイヤフォンの課題は、ハイレゾができないというところに1つの限界があるように思うんですが。
平賀 先ほどビットレートが596kbpsというお話をさせていただきましたけど、今後は高音質対応として、求められるビットレートが上がっていくだろうということは分かっています。一般的にハイレゾといわれている、高音質音声コーデックの「apt-X HD」対応といったところは、当然見据えて開発を進めています。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.