脊髄損傷の治療効果を劇的に高める「組み合わせ」治療法を発見:医療技術ニュース
九州大学は、脊髄損傷で神経幹細胞移植をした際の治療効果を劇的に高める方法を発見した。脊髄損傷マウスの急性期に抗HMGB1抗体を投与し、その後ヒトiPS細胞由来神経幹細胞を移植する「組み合わせ」治療で、劇的に高い治療効果が得られた。
九州大学は2018年3月9日、脊髄損傷で神経幹細胞移植をした際の治療効果を劇的に高める方法を発見したと発表した。これは、同大学大学院医学研究院 教授の中島欽一氏らと、鹿児島大学、岡山大学の共同研究による成果だ。
脊髄損傷に対する治療法としての神経幹細胞移植は、直接的な損傷(1次損傷)だけでなく、浮腫や続発する炎症反応によって激しく破壊(2次損傷)された脊髄に対し施される。同研究グループは、2次損傷を抑制して損傷を軽減した上で、神経幹細胞を移植することにより、従来より高い効果が得られると考えた。
損傷の軽減には抗HMGB1抗体を用いた。HMGB1は非ヒストン性のDNA結合タンパクとして核に存在し、脳虚血、挫傷によって細胞外へ放出されると2次損傷を起こす。従来の研究で、HMGB1の作用を抗HMGB1抗体で阻害することで、2次損傷が劇的に抑制できることが分かっており、同じ中枢神経系である脊髄の損傷でもHMGB1が同様に作用している可能性が高い。
そこで、脊髄損傷モデルマウスの急性期(損傷の5分後と6時間後)に、抗HMGB1抗体あるいは対照抗体を腹腔内注射で2回投与した。損傷1週目に、50万個のヒトiPS細胞由来神経幹細胞あるいは細胞培養液のみを損傷中心部に注入した。これらの4パターンの組み合わせについて、脊髄損傷による、まひからの回復度合いを評価した。
その結果、抗体単独治療において、神経幹細胞移植単独治療と同程度の運動機能改善効果があった。脊髄損傷の急性期に抗体を投与することで、血液―脊髄関門の透過性亢進を抑制し、それに続く脊髄浮腫を軽減させることも分かった。また、それにより損傷領域の拡大が抑えられ、損傷領域周辺の介在ニューロンの生存率が向上するなどした。これらによって神経回路が再構築され、運動機能が回復したと考えられる。
組み合わせ治療では、それぞれの単独治療で得られる治療効果と比べ、劇的に高い治療効果を得られた。移植細胞由来ニューロンが、抗体治療によって生き残った損傷領域周辺部の宿主ニューロンと効率よくシナプスを形成できたことが、高い治療効果につながったということが分かった。
この成果は、脊髄損傷の新たな治療戦略につながることが期待される。今後は、損傷から投与までの時間がどのくらいであれば有効な結果を得られるのか、ヒト化した抗体でも効果があるのか、などについて検討を重ねていく。
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