IoT時代におけるシステムズエンジニアリングの重要性:フラウンホーファー研究機構 IESE×SEC所長松本隆明(後編):IPA/SEC所長対談(4/4 ページ)
情報処理推進機構のソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)所長を務める松本隆明氏が、ソフトウェア分野のキーパーソンと対談する「SEC journal」の「所長対談」。今回は、ドイツ フラウンホーファー研究機構 実験的ソフトウェア工学研究所(IESE)のイェンス・ハイドリッヒ博士とマーティン・ベッカー博士に、システムズエンジニアリングの有用性やインダストリ4.0への取り組みなどについて話を聞いた。
まずどういう付加価値を求めるのか、という方向性を定める
松本 今回、様々な調査をドイツで進められたわけですが、その結果から日本のインダストリに対しての提案あるいは、助言をいただけますか。
ハイドリッヒ 重要なのは、IoTやデジタル化の中で、まず何がオポチュニティー、チャンスであるのか、ということを考えるということです。その機会を見据えた上で、それに即した戦略作りをし、それに基づいて必要な組織構造の変革を行っていく。
そして、戦略がきちんと確立できた上に、ではその戦略のために、どういう能力が必要なのか、ということを考えることが必要です。システムズエンジニアリングの能力、そしてまた、とくにソフトウェア・エンジニアリングの能力として何が必要なのか。
更に、エンジニアリングのプロセスを考えていくことが必要になります。どういう意味かと言うと、いわゆるインターディシプリナリー、色々な領域の人が、共同開発作業をしていくことが必要だ、ということです。様々なステークホルダの人たちを、開発のプロセスの中にどう統合していくのか。それによって、より効率良く、効果的にクオリティの高い製品を提供していくと考える必要があります。
調査から、私たちは、とくに確立しなければならない領域が3つあると考えました。
一つ目がモデルベースの開発、二つ目が要求工学、そして三つ目がシステムの検証及び妥当性確認、V&Vの領域です。これが出発点になっていくと思います。そして、先程お話に出た更に模索していくべき領域としては、バーチャル・エンジニアリングにメリットがあると思います。更にツールチェーンの統合です。
ベッカー どこから始めていくのか、という場合には、ビジネスの視点から何が付加価値として必要なのか、ということを理解することが重要だと思います。そして、その与えるべき付加価値に対して、会社としてどういう追加的な能力が必要なのか、その能力をどう追加していくことが可能なのか、ということを見極めていく。単にツールを買って使えば良いというものではないと思います。
ハイドリッヒ 最初の部分が一番大変なところだと思います。何をしたいのか、ということが分からなければ、それはどのように実現できるのかということは全く分かりません。
ベッカー その助けになると思うのが、ドイツの組込みシステム、サイバーフィジカル・システム、そしてインダストリ4.0に関してのロードマップの文書です。その中には、多くの新たなアプリケーション・シナリオが含まれています。それが、何が付加価値として、また、新しいアプリケーション・シナリオとして、自分の会社に考えていけば良いのかを模索する際に、インスピレーションを与えてくれる良い情報源になると思います。そこからシステムズエンジニアリングに必要な能力が何なのか、ということを導き出していくことができるでしょう。
松本 システムズエンジニアリングが分かる人間を、どうやって育てていくか、ということでは、何か助言がありますか。
ハイドリッヒ 二つの道を区別して考えていくことが必要だと思います。
まず一つ目は、早い段階のもので、大学レベルでの人の教育です。システムズエンジニアリングを学習していく動機を与えていく。それに対して相応するようなコースやカリキュラムを提供していく、ということです。
二つ目がいわゆるOJTで、仕事をやりながらの教育という部分です。社内で行うトレーニングも、外部で提供されるトレーニングもあるかと思います。
また、システムズエンジニアリングに関して遠隔学習のプログラムを行い、それに参加させていくということも、能力を付けていく一つのやり方だと思います。
そして、もう一つ、教育・啓発といったときに、社内で行うものに限らずに、他社との経験の共有、または交換ということも考えていくべきでしょう。システムズエンジニアリングに関してのコミュニティに参加をし、積極的なメンバーとなってコミュニティから知識を獲得していくというのも、組織にとって良い戦略になると思います。
松本 ドイツにはそういったコミュニティがかなりあるのですか?日本にはINCOSEという国際的な団体の日本版であるJCOSEがあるのですが、メンバーがそれ程多くなく、有効なコミュニケーションを図りづらいという問題があるようです。
ハイドリッヒ ドイツでもINCOSEのドイツ版であるGFSEというシステムズエンジニアリング協会のようなものがあります。それだけではなく、システム要件、システム・アーキテクチャ、システムの実装、またテスト、検証、妥当性確認というようなトピックで、様々なカンファレンスも数多く行われているので、そういうところに参加をする、というのも一つの方法だと思います。
松本 システムズエンジニアリングはこうだと教え込んでも、なかなか難しいという気がします。また、概念が非常に幅広いので、お話のようなベスト・プラクティスやセミナーなどを通じて、みんなで共有してとにかく自ら実践してみるということが重要なのでしょうね。今日は非常に有意義なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
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