坂村健氏が見る中国シェアリングエコノミーの拡大とIoTの真価:ET2017 特別講演レポート(2/2 ページ)
「Embedded Technology 2017」「IoT Technology 2017」の特別講演に、東洋大学教授の坂村健氏が登壇。「オープンIoTで広がる未来、IoTからIoSへ」をテーマに、オープンIoTの考え方から実現のためのフレームワークアーキテクチャ、実践に向けての取り組みになどについて説明した。
中国で進むビジネス変化とIoTの真価
坂村氏はこうした活動を、欧米を中心に実施してきた。ただ、最近では中国でもCCW(ChinaComputingWorld=政府系ITメディア)などを中心に、IoTエッジノード向けOSとしてTRONの利用促進を図る動きが広がっているという。そうした中、中国政府が青島市にIoTショールームを開設したことから、それに合わせて坂村氏も中国を訪問したという。
中国では、ソフトウェアの展示会などにも訪問したというが、坂村氏は「5年ほど前は欧米や日本企業の展示が多かったが、現在の出展企業は中国企業がほとんどだったことにと驚いた」という。現在、中国では欧米や日本と同じ程度のプロジェクトが進められる独自の体制が整ってきており、坂村氏は「モバイルペイメントと、それを背景としたスタートアップ企業による新事業の急速な発展が加速している。さらに、シェアリングエコノミーの普及がこれらを後押ししている」と中国のビジネス変化について語っている。
このうち、モバイルペイメントでは「Alipay(支付宝)」「WeChat(微信)」の二大モバイルペイメントが急速に浸透している。これらはスマートフォンがあれば決済できるというシステムで、大人から子どもまで普通に利用し、現金を持たないで外出する人も多いようだ。例えば、故宮博物院で92年間続いた入場チケットの売り場が10月に廃止された。全てのチケットはネット販売し、入場者はスマホでチケットを購入。QRコードがチケット代わりになるという。こうした急速な進展に対して「日本ではETCを例にとってみても『支払いは現金でもカードでもETCカードでも使用できる』という状況だ。こんな中途半端ことをやっていたのでは、ネット社会に移行できない」と苦言を呈した。
中国では今ではスマホが通貨ともいえる。銀行口座やクレジットカードの裏付けなく身分証番号だけでアカウントが持てる。この背景には10年前から身分証番号制度が確立したことがあるという。また、外国人であれば携帯電話番号と個人情報記載でアカウント登録ができる。個人レベルでは、通貨への兌換(だかん、正貨との引き換え)が必要ないと割り切れば、銀行口座のひも付けも不必要で、日本では許されない個人間の価値移動も可能だ。「要するに、最低価格のスマホさえ持てば誰も使えるというお金に移行しようとしている。そのため、一時有力だった銀聯カード(日本のデビッドカードのようなもの)は一気に使われなくなった」(坂村氏)。
シェアリングエコノミーの拡大とIoTの価値
モバイルペイメントによりシェアリングのサービス対価の支払いを「いつでも、どこでも、誰でも」ネットで完結することができるため、シェアリングエコノミーも急激に普及してきた。その1つがGPSとWAN搭載で遠隔管理が可能なシェアリング自転車の「Mobike」だ。Mobikeの利用法はアプリで近くの自転車を検索し、QRコードを認識後、WeChatなどで支払いする。そうすると遠隔解錠され、降りた後で清算して施錠するという仕組みである。どこで乗って、どこで降りても構わないというのが特徴にもなっている。
このシェアリング自転車は普及し始めると同時に別の企業が相次いで参入し、競合企業が乱立している状況のようだ。その中でも、Mobikeが急成長を遂げている。同社は2016年4月に上海市でサービスを開始して1年で500万台を運用している。また、中国を中心に100以上の都市で利用が可能となり、中国以内ではシンガポール、マンチェスター、福岡市、札幌市などでもサービスをスタートした。
「ここがポイントで、中国国内だけでも事業は成り立つのだが、最初から国際的な展開を考えている。日本はこういう考えがない」(坂村氏)と注文を付けた。こうしたグローバル展開もあり、1日の利用回数はピーク時で2500万回、登録利用者数は1億人に及ぶという。Mobikeが競争の中で優位に立っている要因については、優れたデザイン性などがある。さらに強力なクラウド開発陣による素早いサービス投入、初期からビッグデータの利用を打ち出したことなどを競争に勝ち抜いた優位性として坂村氏は挙げている。「Mobikeの社員は大半がクラウド開発と自転車の開発陣であり、営業職が多い日本の企業とは違う」(坂村氏)。
Mobikeの場合、現在サービスが広がりすぎて無軌道な乗り捨てが社会問題化しているという一面もある。しかし、この問題に対しても、需要のないところや望ましくない場所に乗り捨てられている車体を需要のあるところに移動してくれた利用者にはインセンティブを与えるなどの対応策を取っている。「問題解決に利用者に参加してもらう巧妙な制度設計とそれを素早く実現する策を打ち出すことができるのもクラウドオリエンテッドの開発力が強いためだ」(坂村氏)とする。
このシェアリングエコノミーを自動化しビジネスの拡張を可能にしたのがIoTだ。坂村氏は「クラウドの価値を最大限に使い、組み込みシステムとうまく連携を取って、ビジネスを開拓していく取り組みが中国の成功である。それを日本の企業にも望みたい。そこではオープンな考えを持つことが必要だ」と坂村氏は強調。自社の製品だけをつなぐ家電ネットワークを悪例とし、囲い込みを図る姿勢がビジネスの拡大を妨げた日本企業の事例を紹介した。
そして、IoTの本質は「モノ」がAPI(Application Program Interface)などで自動連携することであり、それが狭い意味でのIoTだ。これがAPIの先に「人」がいればマッチングサービスであり、APIの先に「組織」があればフィンテックでいう「APIエコノミー」となる。また、その組織が行政なら米国で進められている「gov2.0」であり、これらさまざまなオープンAPI連携が「IoS(Internet of Services)」となる、としている。そして「IoTによるサービス対価の支払いを『いつでも、どこでも、誰でも』ネットで完結させるのがモバイルペイメントだ。APIビジネスの要となるのがモバイルペイメントになる」と坂村氏は重要性について語っている。
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