クラウドファンディングをやめてアプリでニーズを得るハードウェアスタートアップ:関信浩が見るNYハードウェアスタートアップの今(3)(2/2 ページ)
FabFoundryの創業者・関信浩氏がハードウェアスタートアップ企業の動向を探る本連載。第3回は、ハードウェア開発を目的としたクラウドファンディングによる資金調達をやめ、代わりにスマホアプリの提供へと切り替えたハードウェアスタートアップのピボット事例を紹介する。
初期段階でハードを作るリスクに気付く
Audesisのチームは、これらの機能を実装したヘッドフォンの試作機を作り、ユーザーテストを繰り返しました。フィードバックに手応えを感じたチームは、「次はクラウドファンディングでプロジェクト支援者を募り、試作機をベースに最初のバージョンを作ろう」と盛り上がったそうです。
しかし、クラウドファンディングの準備と並行して、投資家と話をするうちに、創業者のアハメド・イブラヒム(Ahmed Ibrahim)氏は「たとえクラウドファンディングでお金が集まったとしても、本当にユーザーを満足させられるようなヘッドフォンが作れるのだろうか」と考えるようになりました。
実際、ヘッドフォンへの嗜好は千差万別で「職場でヘッドフォンを外さなくて良い」という機能が支持されたとしても、さまざまな形状のヘッドフォンを全て自前で提供していくのは、リソースが限られているスタートアップにとってはほとんど不可能ではないかと考えたそうです。
本当に検証したい機能だけをアプリに凝縮
そこでイブラヒム氏は計画を「本当に検証したい『ヘッドフォンをつけたまま職場で会話するための各種機能』だけを実装したスマホアプリを提供すること」に切り替え、クラウドファンディングのキャンペーンをやめることを決めました。キャンペーン開始の直前だったため、締め切りに向けて試作機の製作に献身的に取り組んでいたチームメンバーの中には、落胆のあまりチームを去った人もいたそうです。それでも「必要なコストは大きく下げられたし、事業をアプリに集中したことで投資を決めてくれたエンジェル投資家もいた」(同氏)と言います。
その後Audesisは、iOSのTestFlight機能を使って、アプリ「CoJam」のα版テストを開始しました。その後、希望者に対してβ版テストを繰り返していましたがこのほど、アップルのApp Storeに正式版を公開しました(※)。
(※)iTunesに公開された「Cojam Now」
スタートアップに求められるのは、選択と集中
「モノづくり」というのは、非常に楽しいものです。そのため新規製品の開発時点で「あれもこれも」と詰め込みたくなりますが、本当に検証したい新しい機能やコンセプトに絞り込んでモノづくりをしないと、最終的にはリソースばかり食ってしまい、成功確率も下げてしまう恐れがあります。
ちょうど2017年11月初めに、5000万ドル以上を調達していたスマートイヤフォン開発のスタートアップ「Doppler Labs」が廃業したことが伝えられました。クラウドファンディングでも60万ドル以上を集めており、ニーズはあったのですが、お金だけでは解決できない問題が多く存在するのがハードウェアビジネスの難しいところだといえます。
「破壊的イノベーション」とは、既存製品がユーザーのニーズを大幅に超えてハイスペックになったところに、一点突破(単機能)で圧倒的な満足度を得られるような製品を安価に出すところで生まれるものです。Audesisの事例のように、ハードウェアスタートアップには「何を追求するべきか」、常に選択と集中が求められるのではないでしょうか。
筆者紹介
関信浩(せき のぶひろ)
新聞系大手出版社でITジャーナリストとしてシリコンバレーの取材を数多く手掛ける。その間、シリコンバレーのスタートアップの数多くの成功は、技術だけでなく「米国式スタートアップ経営」に基づくと痛感し、コンピュータ技術に強いカーネギーメロン大学のビジネススクールに留学。在学中にスタートアップ事業の立ち上げを試みるが、資金不足により断念。その後、シリコンバレーのスタートアップSix Apartに初期メンバーとして合流し、日本におけるブログの啓蒙活動や、日本法人の立ち上げ、同社のCMS製品Movable Typeの米国事業責任者などを務める。2015年に米ニューヨークで、日本の製造業と米国のハードウェアスタートアップをつなぐFabFoundryを創業。米国のスタートアップのメンターや役員を務めながら、日本企業との連携のメリットを説いている。
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