米国で相次ぎ登場する個別空調IoTスタートアップに見る、日本の製造ビジネスの今後:関信浩が見るNYハードウェアスタートアップの今(1)(2/2 ページ)
FabFoundryの創業者である関信浩氏が米国東海岸のハードウェアスタートアップ企業の動向を紹介する本連載。第1回は、相次いで設立が続く個別空調スタートアップの動きを解説する。
データ活用で「部屋単位」から「個人単位」の空調へ
両社の個別空調サービスは現在「部屋単位」での調整になっていますが、今後さらに事業領域を拡大する可能性があります。それは、「パーソナライズド(個別化)された快適さを届けるサービス」の実現です。
例えば、壁に貼り付けられる人感センサーを活用すれば、どこに人がいるかが明確になります。そこで、ここには「風を当てる」もしくは「当てない」など、ピンポイントで制御が行えるようになります。また、ウェアラブルデバイスを活用すれば、ユーザーの体温や発汗度合いを確認し、それに合わせて空調管理することもできます。さらにはジオフェンス※)によって外出から帰ったのかどうかも分かるようになるため「炎天下の中で長時間外出していたから暑いに違いない。実際発汗もしているし体温も高い。だから室内の温度を一定期間、いつもより下げよう」などと、エアコンが自律的により細かい調整をしてくれるようになるかもしれません。
※)位置情報を利用した機能
既に家庭内で利用されている「NEST」などのIoTデバイスや、スマートウォッチや、スマートアパレル(IoT型衣服)などを並行活用すれば、自社製品だけではカバーできないデータ収集が可能になり、より「かゆいところに手が届く」サービスとなることでしょう。
IoTによる膨大なユーザーデータとAIがサービスを進化
個別空調の実現をもくろむ2社は、今後の戦略として「AI(人工知能)」というキーワードを掲げています。いくら個別空調をめざすといっても部屋にある吹き出し口の数は限られています。さらに、そもそも部屋のレイアウトは千差万別ですから、初期設定で部屋の空調を狙った通りに制御するのは難しいからです。そこで膨大なデータを元に「AI」に学習させ、個別空調の精度を上げていこう、というのが彼らの考えです。
この「膨大なデータを集めてAIを使う」という発想こそが、この2社をはじめとするスタートアップの強みといえます。なぜなら「その人にパーソナライズドされたサービス」を実現するために、現実世界のユーザーが日々生み出している膨大なデータ(観測データやフィードバック)にアクセスし、それをサービスに活用できるからです。それも自社のIoTデバイスが生み出すデータだけでなく、ユーザーが所有する他社のIoTデバイスのデータにもアクセスできます※)。
※)ユーザーがアプリ連携を承認する必要あり
このようにして得られるデータ量はあまりに膨大で、人間が分析するには不向きです。しかしAIの力を借りれば、研究室で長い年月をかけて溜めてきたノウハウを超えるノウハウを、短期間で得ることが可能になります。
両社のビジネスに将来性を感じるのは、これからのIoT時代必要不可欠な「データを活用してサービスを生み出し素早く発展させる」プロセスを実現するためのプラットフォームになる可能性を秘めているからです。
iPhoneがここまで世界的商品になったのは、ハード面の性能の素晴らしさもさることながら、データ活用を駆使したサービスの改良とサードパーティーとのエコシステムに力を注いできたからでしょう。日本が強みとしている技術力をもっと生かすためにも、サービス視点でビジネスを創造し、他社との連携を深めていくことは、日本の製造業がグローバルで競争力を発揮するためにも不可欠と考えます。
筆者紹介
関信浩(せき のぶひろ)
新聞系大手出版社でITジャーナリストとしてシリコンバレーの取材を数多く手掛ける。その間、シリコンバレーのスタートアップの数多くの成功は、技術だけでなく「米国式スタートアップ経営」に基づくと痛感し、コンピュータ技術に強いカーネギーメロン大学のビジネススクールに留学。在学中にスタートアップ事業の立ち上げを試みるが、資金不足により断念する。
その後、シリコンバレーのスタートアップSix Apartに初期メンバーとして合流し、日本におけるブログの啓蒙活動や、日本法人の立ち上げ、同社のCMS製品Movable Typeの米国事業責任者などを務める。2015年に米ニューヨークで、日本の製造業と米国のハードウェアスタートアップをつなぐFabFoundryを創業。米国のスタートアップのメンターや役員を務めながら、日本企業との連携のメリットを説いている。
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