マツダの走りを陰で支える、高機能樹脂材料の開発秘話:材料技術(3/3 ページ)
マツダと聞くと「SKYACTIV」の名で知られるディーゼルエンジンやガソリンエンジンの燃焼技術、シャーシ技術や魂動デザインがイメージされる。SKYACTIVテクノロジーを実現する上でも重要な材料の開発技術にも力を入れている。とりわけ樹脂に関しては、軽量化やエコロジーの観点からも重要だ。
塗装なしでピアノブラック仕上げは可能か
近年、特に内装において、高級感を訴求できるピアノブラック塗装仕上げが増えつつある。マツダも積極的に採用しているメーカーの1つだが、高級感を漂わせるだけあって下地作りから塗装仕上げまで非常に手間がかかっているのが現状だ。
そこで、材料レベルから見直すことでコスト低減を図れないか、加えて塗装工程を省くことでVOCの削減など環境性も改善できないか……というのがマツダ 車両開発本部 装備開発部装備先行技術開発グループ アシスタントマネージャーの一原洋平氏が手掛けた開発テーマだった。
塗装レス化し、ピアノブラック塗装を施すことなく同等の仕上がりを目指すのは技術課題が少なくなかった。見た目の仕上がりだけでなく、耐光性や耐スクラッチ性、機械的物性など幅広い項目でクリアしなければならない要求性能が高いからだ。
これに対し、強靭(きょうじん)なPC(ポリカーボネート)を材料とすることで機械強度や耐スクラッチ性を確保した。植物を分解して得たグルコースと石油系原料を組み合わせて無色透明のPCを製造する。石油由来の樹脂に代えて植物由来のバイオエンプラを使用することは、カーボンニュートラルも実現でき、石油資源の使用量を抑えられる。加えて、バイオエンプラでなければ実現しえない要素があることも分かった。
バイオエンプラは、なぜ透明感が高い?
「石油由来のPCは分子内の芳香環が光を遮断するため、透明性が若干低いのですが、バイオエンプラのPCはシンプルな分子構造のため透明性が高くなりました」(一原氏)。植物由来の樹脂原料を使用し、石油系の原料と重合してPCとすることで強度と透明性を確保している。これにより単なる無塗装化以上の表面の意匠性を実現できることになったのだ。
従来のピアノブラック塗装仕上げは「黒色のABS樹脂にクリア塗装を施すことで実現していたが、塗装特有の凹凸が発生するため平滑性に限界があり、また色合いの深みも表面のクリア層でしか表現できませんでした。しかし、透明性の高いPCを素材とすることにより、より奥行き感のある漆黒感を実現できました」(一原氏)。
バイオエンプラは透明感の高い樹脂に顔料を均一に分散させることができる特性を持つため、吸い込まれるような深みのある漆黒感を表現することができたそうだ。
ロードスターRFのリアクオーターパネルに採用されている無塗装バイオエンプラ。塗装の柚子肌と比べれば平滑性は歴然。従来のピアノブラック塗装仕上げと見比べても、区別が付かないほどの高い質感だ(クリックして拡大)
無塗装ピアノブラック仕上げのために金型も変更
成形機から取り出した状態で鏡面に仕上がるためには、透明感の高い素材だけでなく金型の表面仕上げも重要だ。金型の表面の鏡面処理や、樹脂を注入するゲートの位置などを工夫することで平滑性の高い、鏡面仕上げを実現したという。しかし、それほどまでに金型への要求が厳しいと摩耗などに対する品質管理もシビアになってくるのではないか。
一原氏は「金型は鋼材から見直しています。そのため、むしろ以前より強くなってしまったくらいです」と説明した。塗装工程を廃止したことは、金型のコスト上昇分を差し引いてもお釣りが来るほどのコスト削減効果があったようだ。
無塗装で表面を鏡面仕上げにできるということは、表面の仕上げ方次第で変化を与えることもできることになる。「金型の表面仕上げによってさまざまな模様を施すこともできるんです。実際に、表面に模様を装飾した仕様も試作しています」(一原氏)。そういって見せてもらった試作品には、鏡面仕上げに規則的な紋様が刻み込まれ、エレガントな印象を高めていた。
ピアノブラック仕上げだけではない、新たな魅力を生み出すことになったバイオエンプラ新素材。こうした取り組みが、またクルマを美しく、軽く、走りも洗練させてくれることになるのである。
筆者プロフィール
高根 英幸(たかね ひでゆき)
1965年生まれ。芝浦工業大学工学部機械工学科卒。輸入車専門誌の編集部を経て、現在はフリーランス。実際のメカいじりやレース参戦などによる経験からクルマや運転テクニックを語れる理系自動車ライター。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。
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