世の中にないものこそ、早く出せ!――スマートグラスで市場を創るセイコーエプソン:MONOistセミナーリポート(3/3 ページ)
2016年6月3日に開催されたMONOistセミナー「大手とベンチャーが語る『開発スピードが生み出すオンリーワン製品』」。セイコーエプソンが登壇し、新たな市場を創設したシースルーHMD「MOVERIO」の開発について語った。
変える勇気、失敗を跳ね返すスピード、活性化された組織
同社のコア技術と、「ビジュアルプロダクツのコミュニケーションを変えたい」という思いが産んだ、オンリーワン製品「MOVERIO」だ。では、どのように取り組んで、市場を創出してきたのか。
市場創出に必要なこととして津田氏が語ったのは「まず思いを持つこと」。世の中にないものは意見もさまざまで、自分たちが軸を持っていないとブレるからだ。「大風呂敷は広げず、小さな成果が見えるように活動し、短い周期で積み上げる」。そうすると、理解者という人の和が広がる。組織は「小さく始め、上下関係を排除して議論し、役割の枠や組織の壁を超えて活動する。前例がないものを作るので、自ら判断でき、皆が達成感を得られる組織。変える勇気と、失敗を跳ね返すスピード。活性化された組織であることが重要だと思う」。
組織の活性化のために、特に若手を起用してユニークな活動も行っている。津田氏自身の母校でもある諏訪市立高島小学校で、「アイデアソン」のような活動をしているのだ。高島小学校には「白紙単元」というカリキュラムがある。子どもたち自身がテーマを考え、決めたことを1年間通して活動するというもので、全学年が毎年取り組んでいる。7月のキャンプで、スマートグラスと星空アプリの体験を通して交流したことをきっかけに、子どもたちたちが決めた「森を元気にしよう!」という活動に、セイコーエプソンの社員も参加し、「スマートグラスを使ってどうすれば森を元気にできるか」を考えている。
子どもたちが考えるアイデアは、モノづくり目線でいえば「要件抽出」に相当する。社員はそれを持ち帰って、整理し、何を作ればいいか考える。「社外に出ることで活性化し、新たな発想も生まれてくる。社内の仕事だけでは、未熟な新人が得られる達成感は査定だけ。むしろこのような実体験のなかで達成感を得、活性化していくと、組織はうまくまわるのではないか」と津田氏は語った。
スピード感ある開発、オンリーワン製品が新市場を創る
ベンチャーであるユカイ工学の代表 青木俊介氏は「『一家に1台コミュニケーションロボットを普及』を目指すユカイ工学のデザイン・開発プロセス」と題して講演した。
講演タイトルの通り、同社は「2025年に一家に1台ロボットがある世界」をビジョンに取り組んでいる。
同社のロボット「BOCCO」は「数個のボタン操作だけでスマホとメッセージをやりとりできる」「子どもの帰宅を親のスマホに通知する」「親が帰路につくことを知らせる」などの機能を持ち、減少しがちな共働き家庭の家庭内コミュニケーションを増幅させる。このように、同社では身近な課題に役立つロボットを開発して、市場に送り出している。
15人ほどの小さなチームで、スピーディーな開発をしている同社のスタイルと、今後のプロダクトのあり方について「ユカイ工学は、早く市場に製品を出し、そこから新たなニーズを収集して新しい製品を作るというスタイル。これからのプロダクトに重要なのは、共感を得ることができ、本当に誰かの役に立つこと」と青木氏。「我が家にも1つ(1人!?)いてもいいかな」と思えるロボットたちは、一家に一台が遠い未来でないことを感じさせてくれた。
シヤチハタ 商品開発部 副部長 太田剛俊氏の講演「新商品開発の効率化 〜ネットでたのめる射出成形を活用〜」では、2014年に発売した「おなまえスタンプ『おむつポン』」で、開発期間を短縮した事例を紹介した。
スタンプ台を生業(なりわい)としてきた同社は、通称「シャチハタ」(※)と呼ばれるまでになったネーム印で、スタンプ台不要の世界を創り、電子印鑑システムというハンコすら不要の世界も創ってきた。「自己否定的な製品を考えるのは、シヤチハタの社風。日本のハンコ文化のなかで、時代に順応し、常識にとらわれない発想で開発してきた」と太田氏はいう。
「おむつポン」は、保育園に持っていくおむつ全てに名前を書くという煩わしさから、お母さん達を開放するために考案された製品だ。
オンライン試作サービスを活用し、見積もりや納品の期間を短縮。また試作段階で最終材料を使って、耐溶剤性、気密性、経時保存性を検証し、同時に量産を想定した金型レイアウトを確認することで、開発プロセス全体を大幅に短縮することに成功した。「スピーディーな市場投入は製品の『競争力』そのもの」という太田氏の一言は、実体験からくる腹に落ちる言葉だった。
オンリーワン製品を作るということは、市場を創ることでもある。言い換えれば、オンリーワン製品であるためには、早く市場に出さなければならないということだろう。それは、これから活用シーンが広がる製品も、今日の生活に役立つ製品も同じ。当然失敗するリスクもあるが、それも承知で市場に問う強さと、勇気と、スピード感があってこそ、オンリーワン製品は生まれるのかもしれない。
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