「SKYACTIVエンジン」は電気自動車と同等のCO2排出量を目指す:マツダ 人見光夫氏 SKYACTIVエンジン講演全再録(7/7 ページ)
好調なマツダを支える柱の1つ「SKYACTIVエンジン」。その開発を主導した同社常務執行役員の人見光夫氏が、サイバネットシステムの設立30周年記念イベントで講演。マツダが業績不振にあえぐ中での開発取り組みの他、今後のSKYACTIVエンジンの開発目標や、燃費規制に対する考え方などについて語った。その講演内容をほぼ全再録する。
オールジャパンで日本のクルマづくりを
(国内の)自動車業界に起きている好ましくない現象について挙げていく。例えば技術の流れは、欧州に押されている。開発ツールはほぼ欧米のベンダーに依存して高価なものを買わざるを得ない。欧州は、自分たちで厳しくした規制に適合するために必要な技術を、自分たちで取りそろえて流通させている。これを使わざるを得ない状況に追い込まれていて、お金が欧州に流れるようになってしまっている。
また、各国の不条理でバラバラな規制に合わせるためには多種多様な技術が必要で、各社の戦線が拡大しすぎている。しかし、開発を肩代わりしてくれるエンジニアリング会社も欧州ばかりだ。さらに、日本の優秀な学生がエンジン開発に興味を持ってくれなくなっている。世界の4分の1のクルマを作っている日系メーカーなのに、個社で対応しているから求心力に欠けている。日本に有力なエンジニアリング会社がないことや、自動車業界を目指す学生が減っているのもそのせいだろう。
武器はモデルベース開発
好ましくない現象を裏返せば好ましい状況が見えてくる。アイデアを短時間で検証できると発想が増え、日本が技術でリードできるようになる。また、世界の4分の1という数の力があれば、ツールベンダーが日本のために開発するだろう。まとまった需要があればビジネスチャンスとして見出される。厳しい規制に対応できる後処理装置などはオールジャパンで開発すれば、数の力で技術力と安さが出せる。この初期構想段階で皆が歩調を合わせれば、サプライヤにもチャンスが広がる。各国のバラバラな要求には、モデルベースを駆使してレゴブロックを組み合わせるように対応すれば速い開発ができる。
日本でツールベンダーが育つには、統一したルールと考え方で日系メーカーがまとまっている必要がある。それがビジネスチャンスになる。日本の自動車産業が活気づけば、若者も自動車業界を目指してくれるようになる。
モデルベース開発は研究から量産まで各段階に効くはずだ。例えば、研究や要素技術の開発段階では、モデルでならアイデアを素早く検証できる。実機でやりとりが伴うのはハードルが高いだろうが、モデルでなら開発に参加してもらいやすくなる。
プロジェクトの構想段階では、全体システム構想モデルを用いて目標とシナリオを立てて目標に向けた工程を分担し、全体最適などを実行すれば、コスト低減に効いてくる。
量産開発段階では、全体モデルのおかげでシステムとしての早期課題発見につながる。派生にはレゴブロックで組み合わせて対応できる。
メーカーとサプライヤが密接につながるすり合わせが日本の強さだ。モデルベースですり合わせていく状態なら日本の強みを一層強化できる。
カタログ燃費を追うのは止めよう
欧州の自動車メーカーは、素晴らしいクルマをプレミアムカーとして育ててきた。しかし、欧州メーカーはユーザーに寄り添っているのか。法律さえ守ればいいというような帳尻合わせの姿勢ではないか。ある会社は法律さえ守らなかった。誰を客として見ているのか分からない状況だ。
日本に必要なのは「お天道様が見ている」の精神だ。これが日本の良さでもある。クルマでいえば、目に見えないところまで気を配り、実用燃費の良さ、快適さ、誠実なモノづくりにこだわることだ。
カタログ燃費だけを競うのはもうやめよう。いい大人が残業してまでやる仕事ではない。不正なんて論外だ。
フォルクスワーゲン以上の不正は、欧州のプラグインハイブリッド車優遇だ。
プラグインハイブリッド車のCO2排出量=(EV走行距離+25km×ハイブリッド走行時のCO2排出量(g/km))/(EV走行距離+25km)
これに従うと、バッテリーで20km走行し、ハイブリッド走行でCO2を89g/km排出するクルマは、49g/kmの排出量という計算になる。ハイパフォーマンスなクルマで、バッテリーを大きくしてEV走行(モーターとバッテリーだけを使う走行モード)の距離を伸ばすと、ハイブリッド走行での排出量が増えても、結果として同じ数字を出せることになる。数字上はデミオの半分ということだ。この計算方式は当然のやり方だといえるのだろうか。
プラグインハイブリッド車ユーザーに、環境にやさしいEV走行を促すインセンティブは何もない。それどころか、ハイパフォーマンスなプラグインハイブリッド車はガンガン踏めば、モーターとフル稼働のエンジンで気持ちよく加速するようになっている。モーターとバッテリーは、環境と燃費のためではなく、走りのためについているようなものだ。
クルマの充電は面倒だ。プレミアムカーを買えるような人は、電気の方が安いからといって充電するだろうか。ほとんど充電して使われていないのが現状だ。彼らは環境のためではなく、走るためにプラグインハイブリッド車を買うのだ。太陽光発電などで電気代は上がっていくから、ガソリン代よりも安いとはいえなくなる。そうなるとプラグインハイブリッド車を充電する理由はなくなる。
フォルクスワーゲンの不正は、試験の時だけよい性能を示したことにある。一方、プラグインハイブリッド車はCO2排出量の計算法と実際の使い方に差がありすぎる。充電して走った時のカタログ燃費で決まるが、実際に充電して走る必要はどこにもない。しかし、当局はプラグインハイブリッド車が環境にやさしいとお墨付きを与える。理不尽なことだらけだが、戦い続けていく。
本当に環境にやさしいクルマとは
排気量で税金を決めるのは、本当に有効な手段を邪魔する制度となっている。カタログ燃費での減税も不毛な競争を招く。燃料に税金をかければ、カタログ燃費ではなく、本当に燃費のいいものが選ばれるようになる。年に何万kmも走るハイブリッド車は、ほとんど乗らないスポーツカーよりもCO2を出すのは明らかだ。
また、内燃機関はあと3割は改善できる。電気自動車を優遇して普及させるのはいいが、発電時のCO2を減らそうという取り組みは聞こえてこない。その上、電気だ水素だと、どこまで対応させれば気が済むのか。未来のあるシナリオが見えないと、技術開発に取り組めない。
オールジャパンで結束して、世界を見返してやろう。デミオをきっかけに業界で内燃機関を見直す動きが一気に広まった。マツダには、独自路線に自信を持ち、世界一を目指そうとするエンジニアが増えた。チャレンジにためらう人もまだいるが挑戦し続ける。エンジンづくりに7、8年かかるのは当然だ。この期間に、「これは無理だ」といい続けて過ごすか、「おれが何とかするぞ」と成功体験を持つか。後ろ向きにならずに、前向きな機運をオールジャパンで持とう。
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