流体せん断力による微絨毛形成の発見とその分子メカニズムの解明:医療技術ニュース
東京大学は、ヒト胎盤バリアを構成する胎盤絨毛上皮細胞(胎盤バリア細胞)は、流体せん断力に応答して微絨毛を形成することを発見した。流体せん断力は、タンパク質局在の変化を介して細胞機能も変化させることが明らかになった。
東京大学は2015年11月10日、ヒト胎盤バリアを構成する胎盤絨毛上皮細胞(胎盤バリア細胞)は、流体せん断力に応答して微絨毛を形成することを発見したと発表した。これは、同大学生産技術研究所の竹内昌治教授と三浦重徳特任研究員(研究当時)らの研究グループによるもので、成果は同年11月13日に、英科学誌「Nature Communications」で公開された。
母体血中にある酸素や栄養物は、胎盤バリアと呼ばれる胎盤内のバリア構造を通って、胎児の血液へと輸送される。母体血側の透過バリアを構成する胎盤バリア細胞は、胎盤へと旺盛に流れ込む母体血から常に流体せん断力(流体によって物体が滑り切られるような作用を与える力)を受けている。しかし、これまでの胎盤バリアの研究は、シャーレの上に細胞を静置培養した状態でなされており、細胞形態や機能が流れによってどのような影響を受けているのかは、ほとんど研究されてこなかった。
近年、生体組織構造や機能の一部をマイクロ流路内で再構築した「Organ-on-chip」研究が盛んになっている。MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術や液体工学を利用し、力学刺激が細胞や組織構造物に及ぼす影響を、分子レベルで解析することができるようになった。同研究グループは、MEMS技術を利用して、ヒト胎盤バリア構造をマイクロ流路内に再構成したデバイス(Organ-on-chip)を作製。このデバイスを用いて、母体血流によって生じる流体せん断力がバリアを構成する細胞の形態や機能にどのような影響を与えるかを調べた。
結果、微絨毛と呼ばれる細胞突起構造が、静置培養を行った細胞ではほとんど観察されなかったのに対し、灌流培養では胎盤バリア細胞の細胞表面に形成されることを見いだした。流体せん断力の負荷に応じて、微絨毛の数や長さが変化していることも分かった。
また、灌流培養で誘導された微絨毛には、生体内と同様に胎盤バリアのグルコース輸送に関わるタンパク質GLUT1が絨毛上皮細胞の頂端部に局在することが認められ、これに伴ってグルコースの輸送量も増加することが分かった。静置培養では、生体組織とは異なりGLUT1は主に細胞内に局在し、グルコースの輸送量も少なかった。以上の結果から、流体せん断力は細胞の形態だけでなく、タンパク質局在の変化を介して細胞機能も変化させることが明らかとなった。
さらに、分子生物学的に解析した結果、TRPV6(Transient Receptor Potential, Vanilloid family type 6)と呼ばれる、細胞外のカルシウムを内部に取り込むカルシウムイオンチャネルが流体せん断力により活性化され、その下流の細胞内シグナル伝達分子が働くことで微絨毛形成が誘導されていることが分かった。
微絨毛はさまざまな細胞種で発達しており、多様な細胞・組織機能の発現に関与している。微絨毛を介した力学刺激応答機構を分子レベルで制御することができれば、さまざまな組織機能を改善する治療薬の開発へとつながる。今後、この研究で見いだされた力学応答機構が胎盤バリア細胞以外の細胞種で広く働いているのか、生体内においてどのような役割を果たしているのかを調べていく必要があるという。
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