「超小型衛星の世界を変える!!」――世界最小クラスのイオンエンジン「MIPS」:日本が誇る宇宙技術の名脇役(2)(1/3 ページ)
東京大学 先端科学技術研究センターの小泉宏之准教授と次世代宇宙システム技術研究組合(NESTRA)が共同開発している世界最小クラスのイオンエンジン「MIPS」。このMIPSとは一体どのようなエンジンなのか、これにより超小型衛星の世界がどのように変わるのか。開発者に聞く。
イオンエンジンは電気を使って推力を得る「電気推進」の一種である。電気推進に対し、いわゆる“普通”のエンジンは「化学推進(化学エンジン)」と呼ばれるのだが、イオンエンジンの大きな特徴は燃費の良さ。化学推進に比べ、燃費を10倍以上向上させることも可能で、人工衛星や探査機のエンジンとして既に実用化されている。
東京大学 先端科学技術研究センターの小泉宏之准教授と次世代宇宙システム技術研究組合(NESTRA)が共同開発している「MIPS」は、50cm角の超小型衛星にも搭載可能という、“世界最小クラス”のイオンエンジンだ。このMIPSはどのようなエンジンなのか、これにより超小型衛星の世界がどのように変わるのか、詳しく見ていくことにしよう。
燃費に優れる“エコ”なエンジン
日本で最も有名なイオンエンジンは、間違いなく小惑星探査機「はやぶさ」に搭載されていた「μ10」だろう。μ10は直径10cmのイオンエンジンで、推力は8mN。これはちょうど、地上で1円玉にかかる重力と同じくらいの力だ。「はやぶさ」にはこれが4台搭載されていて、システム全体としては「IES(Ion Engine System)」と呼ばれていた。
1円玉クラスの力とは、何とも頼りないと思われるかもしれないが、イオンエンジンの特徴は前述の通り“燃費の良さ”だ。ロケットエンジンの燃費は「比推力」(単位は秒)という指標で表され、この数字が大きいほど燃費が良い。化学エンジンで最も比推力が大きい液体水素のエンジンでも、比推力はせいぜい400秒台。それに対し、μ10は3000秒程度と、1桁も違う。
例えば自動車で、燃費が100km/lの車種「A」と10km/lの車種「B」があったとしよう。同じ目的地であるならば、「A」が持って行くガソリンの量は「B」の10分の1で済む。また同じだけガソリンを積めるのであれば、「A」は「B」の10倍遠くまで行くことができる。場所は宇宙となるが、これと同じようなメリットがイオンエンジンにはあるわけだ。
「はやぶさ」は打ち上げロケットの能力上、重量が厳しく制限されていた。許されていたのは500kg程度で、このような小さな探査機で小惑星まで往復するというのは、イオンエンジンなしには考えられなかった。「はやぶさ」にはμ10の推進剤として66kgのキセノンが搭載されていたが、もし化学エンジンなら推進剤だけで500kgを超えてしまうだろう。
確かに推力は小さいが、長時間噴射することでそれはカバーできる。小惑星への往復には年単位の時間があるので、「はやぶさ」はイオンエンジンを搭載できたわけだ。しかし一方で、小惑星へのタッチダウンには、短時間でよいので推力の大きなエンジンが必要となる。そのため「はやぶさ」には推力20Nの化学エンジンも搭載されていた。
一般的に、電気推進は“推力は小さいが比推力が大きい”、化学推進はその逆で“比推力は小さいが推力が大きい”という特性がある。どちらが優れているというものではなく、用途に合わせて選択すべきものなのだ。
MIPSの仕組み
さて、ここで本題となるMIPSであるが、これは「はやぶさ」のIESよりもさらに小型のイオンエンジンとなる。スラスタのビーム直径は約1.6cmで、推力は300μN、比推力は1200秒。ちなみにMIPSという名称は「Miniature Ion Propulsion System(小型イオン推進システム)」の略である。
MIPSにはスラスタ(ITU)を1基搭載。その他、推進剤であるキセノンを供給する「ガス供給ユニット(GMU)」、イオンの生成に必要なマイクロ波や加速に必要な高電圧を供給する「電源ユニット(PPU)」、衛星側と通信してGMUやPPUを制御する「コントローラユニット(MCU)」などで構成される。
イオンエンジンはその名称通り、高速なイオンビームを放出することで推力を発生させる。電気的に中性のキセノンガスのままでは加速できないので、まず「イオン源」内部でプラズマ化。スクリーン、アクセルという2枚のグリッド(電極)に電圧をかけ、静電力によってキセノンイオンを加速して、グリッドの穴から外部に放出する。
プラス電荷のキセノンイオンだけを放出すると、残った電子で衛星本体が帯電してしまうので、同時に「中和器」から同じだけの電子も放出しなければならない。そのために、中和器にもキセノンガスが供給され、ここで同じようにプラズマを生成。マイナスの電圧を加えて、電子を外に追い出し、イオンビームを中性化する。
粒子を放出した反動で推力を得るという原理は、化学推進でも電気推進でも共通。このとき、速く噴射するほど反動も大きくなるので、同じだけ推進剤を使った場合、より大きな加速を得られる。つまり燃費の良しあし、比推力の大小というのは、噴射速度の違いなのだ。μ10の場合、イオンの放出速度は秒速30kmにも達している。
一方、化学推進では、燃焼などの化学反応により高温・高圧のガスを発生させ、それをノズルから噴射することで推力を得ている。ガスの噴射速度が速い方が比推力は大きくなり、推進剤を節約できるが、化学反応で得られる熱量は決まっているので、いくら頑張ったところで理論的な限界がある。
ところがイオンエンジンでは、イオンを加速するのに静電力(クーロン力)を使う。電力さえ用意できるのであれば、噴射速度はいくらでも速くすることができる(もちろん限界はある)。μ10を改良した「μ10HIsp」というイオンエンジンも考えられており、こちらでは秒速100kmという、さらに高速な噴射速度が目標となっている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.