痛みを感知する神経細胞を光で活性化する手法を開発:医療技術ニュース
京都大学は、ナノメートルサイズの金粒子を用いて、痛みを感知する神経細胞を光で活性化する手法を開発したと発表した。細胞機能をリモートコントロールする新たな技術として重要だという。
京都大学は2015年8月14日、ナノメートルサイズの金粒子を用いて、痛みを感知する神経細胞を光で活性化する手法の開発に成功したと発表した。同研究は、同大物質−細胞統合システム拠点(iCeMS)の村上達也特定拠点准教授らの研究グループによるもので、8月6日に独オンライン科学誌「Angewandte Chemie」で公開された。
人が痛みを感じる時、ある種の神経細胞が活性化している。その神経細胞の細胞膜上にあるTRPV1というイオンチャネルが、痛みにつながるさまざまな刺激を感知し、カルシウムイオンなどを細胞内に流入させることで痛みを伝達する。TRPV1は、神経痛や脳腫瘍の病原として知られ、43℃以上の熱とpH5.2以下の酸でも活性化されること、TRPV1の阻害・持続的活性化の両方で鎮痛作用が得られることが分かっている。そのため、神経細胞のTRPV1を望みの場所・時間で活性化できれば、体に負担の少ない治療法になる可能性がある。ただし、43℃は細胞が死に始める温度でもあるため、TRPV1の近傍のみを加熱することが重要だという。
今回の研究では、ナノメートルサイズの棒状の金(金ナノロッド(AuNR))を使用。AuNRは、体に最も影響の少ない近赤外光を吸収し、発熱・発光などの応答性を示す物質だ。このAuNRを、TRPV1を発現する神経細胞の細胞膜に局所的に配置し、光照射による発熱作用を利用して活性化することを試みた。
細胞膜は負電荷を帯びているため、AuNRが正電荷を帯びるよう処理すれば、AuNRは自発的に細胞膜表面に輸送される。そこで、正電荷を帯びるように改変した生体材料(cationized HDL(catHDL))をAuNRの表面処理に利用したところ、多量のAuNRが均一に細胞膜に接着した。また、この均一な接着は、細胞膜にダメージを与えないことも分かった。
さらに、この細胞にレーザーで近赤外光を照射すると、TRPV1の活性化を介してカルシウムイオンの流入が起きた。培養液の温度は変化しなかったため、細胞膜局所が加熱されたことも確認できた。生体でも同手法が機能するかを調べるため、マウスの脊髄から採取した痛みを感知する後根神経節細胞を用いたところ、同様の結果が得られたという。
神経細胞への人為的な痛みの伝達を可能にした同手法は、神経細胞と物質を混ぜて光を照射するだけという、簡単な操作となる。そのため同手法は、光を使って細胞機能をリモートコントロールする新たな技術としても重要だという。さらに、生体内でTRPV1の関与する神経痛・脳腫瘍などの疾患を治療する、光を用いた新たな手法となる可能性もあるとしている。
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