日本の製造業が共通して抱える課題と生きる道:再生請負人が見る製造業(8)(4/4 ページ)
企業再生請負人が製造業の各産業について、業界構造的な問題点と今後の指針を解説してきた本連載も今回で最終回を迎える。そこで今回は、これまで紹介してきた各業界の課題を振り返るとともに、日系製造業はどのようにして生き残るべきかという指針について解説する。
8Mイノベーションのさらなる価値
この「8Mイノベーション」は、企業の経営者や従業員だけでなく、銀行や株主など、社外のステークホルダーに対しても、収益力強化に向けた取り組みについて、納得性のある現状評価(図3)と改善策実行の進捗状況を共有することが可能となる。製造の「現場力」の改善努力が、企業の収益力の改善に直接的に響くことが実感できるのだ。この手法の導入によって、国内外の製造拠点で共通の経営管理を実践することが可能となり、「標準化」と「見える化」が推進されることになる※)。
※)出典:「工場“最強化”のためのノウハウ大全」(佐々木久臣著、日経BP社、2013)
グローバル拠点を管理するリーダーの育成
グローバル拠点の管理のために有効な経営管理ツールとして「8Mイノベーション」を例に取ったが、同時に重要なのは、その拠点を管理するリーダー人材の育成である。国内の拠点に比べ、海外の拠点の管理は、格段に難易度が高い。それは、言語の問題だけでなく、労働慣習の違いや、サプライヤーから調達する資材の品質のばらつきなど、多岐の理由にわたる。優れた現地の経営陣がいてくれれば問題は少ないが、実態は、日本から送り込まれたマネジメントが現地の管理を行うケースが多い。経営が順調であればいまだ問題が表面化しないが、いざ事業環境が厳しくなると、現場は修羅場と化すことになる。
そのような事態を想定し、優れたマネジャーを前もって育成しておくことが重要だ。業績が悪化した海外拠点のターンアラウンド(事業再建)には、普遍的なリーダーシップスキルが求められる。それは、コスト削減やリストラクチャリング、事業統合、といった共通の課題を迅速に解決できる、いわば「プロフェッショナルリーダー」としてのスキルである。
そのスキルの主な項目は以下の3点だ。
- 問題の本質を見極めるスキル
- 施策の実行を迅速に推進するスキル
- チームを組成・運営するスキル
今後、グローバル経済の低成長期への突入と、企業のグローバル化の進展に伴い、各製造業企業でターンアラウンドが必要となる場面はどうしても多くなる。それらの企業の生死を分けるのは、難局を突破するだけのスキルを備えたリーダーを何人そろえているか、ということである。そして、厳しい海外拠点の建て直しをリーダー育成の場として活用することも、日本企業のリーダー育成にとって検討すべきテーマであると考えられる※)。
※)出典:「プロフェッショナル・リーダー〜難局を突破する9つのスキル」(野田努著、ダイヤモンド社、2015)
最後に
「企業再生」という言葉は、拠点閉鎖や人員削減、債務免除などの抜本的なリストラクチャリングをイメージすることが多い。しかし、日本の製造業が直面しているグローバル競争を生き残るためは、日本企業が本来強みとしていた「生産現場の力」を取り戻し、グローバルに展開する生産拠点に同様に展開することが必須である。毎日の地道な努力を重ね、改善を積み重ねていくことでしか、実現しない。そして、それを日本国内だけでなく、海外の生産拠点でも同時並行で行っていくことは、並大抵の努力では実現しない。
このような取り組みは、グローバル展開のためのM&Aにおける買収後管理・事業統合において重要な意味を持つだけでない。顧客企業が調達も含めた事業のグローバル化を推進するのに伴い、そのサプライヤーである製造業も、グローバル規模で共通の製品を低価格と高品質のサービスで提供することが求められている。そのためには、日本の本社とグローバル拠点が強い連携により一体となって運営される必要がある。
今回の連載が、グローバル化への険しい道に果敢に挑戦し、日々たゆまぬ努力を積み重ねている日本の製造業へのエールとなれば、われわれ筆者一同も非常にうれしく思う。
筆者プロフィル
野田努(のだ つとむ)アリックスパートナーズ マネージングディレクター 日本共同代表
日本長期信用銀行、マッキンゼー、ユニゾンキャピタルなどを経て、アリックスパートナーズ入社。企業再生、業績改善、企業買収・事業統合などの多数の実績を残す。
佐々木久臣(ささき ひさおみ)アリックスパートナーズ シニアアドバイザー
いすゞ自動車 生産担当専務取締役として、モノづくり経営の実践とマニュアル化に務め、日本的モノづくり経営方式を「7M+R&Dアプローチ」として体系化。アリックスパートナーズ参加後は、アドバイザーおよびコンサルタントとして企業再生や基盤強化に貢献。また東京大学大学院経済学研究科特任研究員も務める。
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