23万円は本当に高いのか? “いつか使いたい”松葉づえの開発ストーリー:「GOOD DESIGN BEST 100とその未来 vol.4」より(2/2 ページ)
自分に合う松葉づえに出会えません――。1通のメールから始まったプロダクト開発。メディカルチャープラスが手掛けた「ドライカーボン松葉杖」に込められた思いとは? 開発ストーリーからこれからのモノづくりのヒントを学ぶ。
松葉づえを嗜好品へ、所有欲を満たすプロダクト
従来の松葉づえは重く、使い続けるとアジャストメント部などが摩耗し、次第にカチャカチャとした音が気になってくるという。また、基本的にレンタル利用が前提なのでどんな体格の人でも使えるようアジャストメント機能があり、“自分の所有物である”という実感を得ることができない。さらに、機能だけが優先されビスなどがむき出しになっており、洋服がすれる、デザイン性がないなどの課題もあった。「実際、こうした問題点のせいで、歩きたくない、外出したくない、人に会いたくない、と自分を隠そうとする生活に引きこもってしまう人もいる」(杉原氏)そうだ。
こうした従来の松葉づえの課題を受け、杉原氏と山崎氏は重視すべきデザインファクターを「重さ」「音」「アジャストメント機能」「ビス」「デザイン性」の5つに絞った。
「多くの松葉づえに使われているアルミの比重は2.7と結構軽い。これをさらに軽量化するには薄肉にすべきだが、それだと耐荷重が弱まってしまう」(杉原氏)。そこで、杉原氏自身が専務取締役/クリエイティブディレクターを務めるRDS(アールディエス)の得意なCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics)の成形技術を生かし、ドライカーボン(比重1.5〜1.8)製にすることに決定。重さ約310gの超軽量な松葉づえの開発に成功した。
そして、課題の1つであったデザイン面も「いつかほしいクルマ、いつか行きたい場所と同じように、いつか使いたい松葉づえを目指した」と山崎氏。実際に手に取るとその軽さにも驚かされるが、高級感のある嗜好品のような印象を受ける。こうした感覚は従来の松葉づえでは感じられないものだろう。
販売価格は23万円(税別)。オーダーを受けてからパイプの長さをその人に合わせてカスタムし、2カ月ほどで手元に届くそうだ。
ドライカーボン松葉杖に込めた思い
杉原氏は「23万円と聞いて『高い!』『いらない!』と言う人もいるが、これはドライカーボンを採用した“個人所有”の松葉づえだ。個人のPCでも20万円くらいは平気でする。個人の価値観による部分なので、分かる人には分かるはず。この価格でやっていける」とアピール。確かに価格だけを見ると高いと感じるが、仮にもし自分が一生松葉づえ生活になったら……と考えると、機能性とデザイン性を兼ね備え、圧倒的に軽いドライカーボン松葉杖は決して高い買い物ではないように思う。そして、ずっと使い続ける道具である以上、所有感も大事にしたいと考えるのはごく自然のことだろう。実際、ドライカーボン松葉杖のユーザーの中には、室内用、外出用など複数購入する人もいるそうだ。
山崎氏は「今回のプロダクトは、単に患者さんの生活の質を補完・維持するモノではなく、以前よりも豊かに向上するモノ、プラスの価値観を与えられるモノとして作った。世の中にある松葉づえは、病気やケガでマイナスとなった機能をゼロにするプロダクトだから選択肢がない。その失ってしまった空白に新しい何かを植え付けられる、拡張できると考えて作ってみると、はじめて新しい何かが生まれるのではないか」と、ドライカーボン松葉杖に込めたデザイン思想について説明。
そして、規制や制約の多い医療・福祉プロダクトへの挑戦について、杉原氏は「私たちは、松葉づえを“仕方なく利用する歩行補助器具”ではなく、ユーザーの“所有欲を満たすプロダクト”へと生まれ変わらせた。もしかすると、『松葉づえの素材をドライカーボンに置き換えて軽くしただけ』と指摘する人もいるかもしれない。しかし、これまでの医療・福祉分野でこうしたプロダクトがなかったことは事実。今回のプロダクトを通じ、『こういうのもありなんだよ』という未来を見せていくことで、少しずつ新しい感情や潮流を生み出していけたらこのプロダクトは大成功だと思う。従来の規制やルールにとらわれたままでは、新しいプロダクトは決して生まれてこない。このプロダクトをヒントに、さらに新しいモノが派生的に生まれてきてもいいと思っている」と述べた。
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