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ドイツが描く第4次産業革命「インダストリー4.0」とは?【後編】インダストリー4.0(5/6 ページ)

ドイツ政府が主導するモノづくりの戦略的プロジェクト「インダストリー4.0」について解説する本連載。今回は「インダストリー4.0」の課題やドイツ政府が狙う核心に迫るとともに、日本のモノづくりがどの方向に進むべきかという提言を行う。

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インダストリー4.0とは製造業の中堅輸出企業を支援する戦略的政策

 サイバー・フィジカル・システムの「標準化」をインダストリー4.0の主戦略に据えたことは以下の点でバランス感覚に優れていると筆者は感じている。

  • ドイツ製造業の中核を担う機械・装置メーカーに適度に具体的な開発目標を与えられる(要求仕様の規格化を促す)
  • コンセプトの国際規格としての「標準化」がドイツ国外での市場創造に直結すると位置付け、数が多い中小の輸出企業の事業展開に対して実効性のある支援となり得る(支援の対象は大企業というよりはそれを必要としている中小企業「ミッテルシュタント」)
  • 未開発の技術や未整備のインフラを絶対的な要件とせず、できる限り既存の技術を組み合わせ、既存の国際規格を再整理することで到達可能な現実的なターゲットとなっている(例えば採用する産業用イーサネットの違いを装置単位で吸収できる)
  • 生産現場で働く人間を否定せず、むしろ人間にはより重要な役割を与えると位置付けることで、新しいコンセプトを受け入れられやすい素地を醸成しようとしている(安全性としての「人間協調型」は前提とし、一緒に働きたくなるような「人間協調性」を装置にさらに与える)
  • 破壊的なイノベーションを容赦なく仕掛けてくる少数の競合勢力に対して組織力を生かした有効な防衛策となり得る(クラウドの知能化を前提としないアーキテクチャを推進し、手ごわい競合に対しては標準化という結束と同盟で対抗)
  • 仮にクラウドに全知全能を集めるという流れになったとしてもサイバー・フィジカル・システムを構成する「知能」オブジェクトの実装先をクラウドに変更するだけで、標準化したモデルの大幅変更をせずに対応が可能(万が一勝てなくても「負けにはならない」落としどころを用意)

 こうしてみると製造業におけるドイツの輸出企業を支援する実効性のある成長政策としてインダストリー4.0が機能する可能性は大いにあるだろう。税金の使い道には人一倍うるさいドイツ国民にも筋の通った政策として説明責任が果たせそうだ。ちなみに広義の「サイバー・フィジカル・システム」というコンセプトは実は米国生まれらしく、これをあっさり自国仕様にアレンジしてしまうドイツのしたたかさには日本も学ぶべきところがあるように思う。

「守る」べきか「攻める」べきか「組む」べきか

 ここまでインダストリー4.0について見てきたが、日本のモノづくりを考えた場合、日本の選択肢は「守る」か「攻める」か「組む」かの3つである。

守る場合

インダストリー4.0は、あくまでドイツの国策である。米国との競争にあえて巻き込まれる必要はない。国際標準規格の推進は海外進出には有効である一方で、国内市場を脅かされるリスクでもある。そもそも「サイバー・フィジカル・システム」でダイナミックに生産工程を最適化することが生産性向上につながるか明らかではない。生産は「工程」というだけあってシーケンス処理が原則。オブジェクト指向型で生産システムを構築するのは少数派。精度を高める、スループットを高める、サイズを小さくする、部品コストを下げるといった定量化しやすいパラメータの局所最適化を続ける方がより現実的な生産性向上につながる。

 これらはどれも個々には的を射ており、その帰結として現状を「守る」ことは当然検討すべき選択肢だ。幸い日本の製造業は工場で使われている電源電圧やプログラミング言語、通信規格などがユニークであることから、もともと堅牢に守られているため、特別なことをする必要はない。ただしインダストリー4.0の動向は見守りつつ、情勢の変化に応じて打てる手を準備しておく必要はある。製造業のユーザーもサプライヤも国内仕様と国外仕様の製品を分けて開発・維持するための重複するコストと付き合い続ける覚悟も必要となる(参考記事:いまさら聞けないFL-net入門)。

攻める場合

インダストリー4.0は、日本の製造業が目指している方向性と重なり、競合する側面も多い。特に産業機器やロボットは世界的にもシェアの高い日本のお家芸であり、積極的に主導権を取りに行く必要がある。

 この立場をとる場合は「日本版インダストリー4.0」を目指す方向性となる。国際的な主導権を握るにはまず国内での結束を固めることが前提だが、この分野での日本のリーディングカンパニーは規模が大きいグローバル企業であることが多く、海外市場で成長するためという軸で足並みをそろえようとしても利害の不一致を調整するのは容易でないことが予想される。「日本版インダストリー4.0」を立ち上げ、これを国際標準として浸透させて行くには、例えば国策として「日本連合」を結束させて後発の遅れを挽回する必要があるだろう。

 ところで、本稿で「ORiN」を紹介した理由はこれがインダストリー4.0で説く「サイバー・フィジカル・システム」の実装プラットフォームとして最適だと感じているためだ。「ミニスマート工場」に必要なロボットなどのデバイスを異なるメーカーから選んで自由に組み合わせ、カメラによる視覚やERP/ MESによる判断力などの知能を搭載し、オープンな通信規格でつなぐことができる「ORiN」の設計思想は「サイバー・フィジカル・システム」の要件そのものだ。また「ORiN」は議論中の「Industrie 4.0のシステムアーキテクチャ(参照モデル)」がどのように規定されても恐らく少々の手直しでそのまま活用することができるだろう。

 実際「ORiN」の標準データスキーマである「CRD: Controller Resource Definition」は「ORiN」につながるデバイスの組み合わせとその仕様や設定情報を定義することができ、これを「入れ子構造」に記述できるCRD ver 2は個々のデバイスに限らずシステム全体をモデル化できる。これを手直しして「日本版インダストリー4.0のシステムアーキテクチャ(参照モデル)」と位置付け、国際標準化機関に提案していくのは検討に値する一手だ。仮想レイヤーを入れることでソフトウェアやプログラミング言語の互換性を高めるアーキテクチャは(特に米国製のものが)数多くあるが、産業用途に特化し実績もあり、日本発の規格である「ORiN」の特徴を生かせば「日本連合」をまとめて「標準規格」の本流に据える可能性があると筆者は感じている。

組む場合

インダストリー4.0は、ドイツが国を挙げて実施しているグローバルマーケティングキャンペーンであり、これに便乗しておいた方がよい。「サイバー・フィジカル・システム」が本当に新たな産業革命を起こすかはさておき、「Industrie 4.0対応」というラベルが付いた製品や装置が売れる市場が形成されるなら、機会損失をすることはない。

 この立場を取る場合は、「似て非なるもの」という印象を与えないよう「日本版」を外した「インダストリー4.0」を推進し、「守る」ところは守り、「攻める」ところは攻め、お互い「利用する」ところは利用する、という戦略的同盟を結ぶ方向性となる。製造業でお互い好敵手ではあるものの、メカトロニクスという「フィジカル」レイヤーを押さえている日独がうまく手を組めば市場における理想的なパワーバランスを形成できるはずだ。

 【前編】で述べたように日本の製造業には卓越したエンジニアリング能力で顧客のニーズに細やかに応え、カスタム仕様でも品質の高い装置や設備を「一品物」として作り込む技術力がある。中身は差別化のために独自仕様となっていても「サイバー・フィジカル・システム」としての外側が「標準規格」に対応していればそれはどこに持って行っても売れるはずだ。「ORiN」もインダストリー4.0認定を得るべく標準化団体に提案を働きかけてもよい。一方標準化議論はドイツに任せてしまい、標準化された「Industrie 4.0のシステムアーキテクチャ(参照モデル)」を実装する手段として「ORiN」を活用することに専念してもよい。どちらの方が楽に売れるかで決めるのが相手をうまく「利用する」方法だ。

 なお、相乗り成功のカギはギブアンドテイクの関係を打ち出すことだ。インダストリー4.0はあくまで国際的な標準化を軸に進められている政策である。手を組んでお互い「イイトコ取り」をするのは当然としても、例えば「インダストリー4.0」対応は特定の地域に限定して「イイトコのみ取り」を狙ってしまうと本当の意味での連携にはならない。インダストリー4.0の英語での情報が絶妙に遅れて出てくるのと同様に「インダストリー4.0」の実証的な取り組みは国外から始め、日本国内では吟味してから考えるなど、戦略的な検討が必要かもしれない。ただ、原則として対等な関係での取り組みであるという姿勢が伝わらないと、まず連携にたどりつけないだろう。

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