工場にしなやかさをもたらす、産業用PCの真価とは〔後編〕:産業用機器 基礎解説(2/2 ページ)
産業用コンピュータの歴史の中で、産業用PCにスポットを当てて解説します。〔前編〕では産業用PCの歴史とその背景をお伝えしましたが、〔後編〕では、製品の利用分野や今後の方向性などについて紹介します。
産業用PCは高価なのか
なぜ産業用PCは高価になってしまうのか。それは要求レベルが高く、それに応える機能やサービスを実現するために必要なコストが上がってしまうからに他ありません。
主要部品であるインテル社のデバイスは「汎用品」と「長期供給品」があり、価格にも違いがあります。同様にメモリや周辺部品も互換品ではなく型番まで指定すると価格は高くなります。基板もノイズや静電気対策をすると部品も増えコストが掛かります。そして産業用として販売する際に仕様書を用意する必要があります。大手製造業の生産系の部署は承認仕様書を要求し、その仕様通りの製品を納入しなくてはなりません。検査成績書を提出するケースもあります。やむを得ず部品変更を行う場合は、設計変更承認仕様書を提出しなくてはなりません。
〔前編〕で台湾製マザーボードが日本に持ち込まれ価格破壊が起こったことを紹介しました。しかしそこには後日談がありました。台湾製マザーボードは発売当初は大きなインパクトを与えましたが、すぐに多くの問題が発生し、結局価格の高い日本製マザーボードが置き換わることになりました。原因は、当時の台湾製ボードが汎用品だったからです。
秋葉原で売っているものと同じで「仕様書そのものが存在しないかペラペラ」「問い合わせても返事がない」「不具合が発生しても交換はしてくれるが原因解析はしてくれない」「次回の注文で同じものが入手できない」といった状況です。結果として、同じ不具合を繰り返している間に、新たな不具合が発生して製品評価をやり直さざるを得ないことになり、メーカー側の不満が高まっていきました。
しかし、これはボードメーカーが悪いのではありません。「エンドユーザーが自分で評価して納得すれば買ってください」というポリシーで設計、製造、販売されたボードなので当然のことなのです。納得して購入した“はず”だったエンドユーザーは不具合の多さ、その不具合の対応に満足せず最終的に自分たちの製品では使えないと判断しました。
その後、日本のボードメーカーは100ページ以上の仕様書を準備し、評価テストの内容も、検査成績書も用意し、不具合の原因解析を約束することで見直されました。そして日本製ボードは数倍の価格でも売れるようになりました。そして、台湾製で痛い目に遭ったエンドユーザーに受け入れられ、奪われたマーケットを盛り返すのです。
一方の台湾ボードメーカーも、時間の経過とともに組み込み用としてのボードを用意し、必要なドキュメント類もそろえることで、日本のエンドユーザーに受け入れられるようになってきました。
このように産業用PCと言ってもさまざまな製品があり、エンドユーザーは自分の要望に沿った製品を選択する目を持たなくてはなりません。
産業用PCの特徴であるOS「Windows」
産業用PCのもう1つの特長はOSである「Windows」にあります。当初は産業用OSとしての信頼性に欠けるとされていましたが、「Windows NT」が登場し、それをベースにした組み込み専用の「Windows NT Embedded」が登場するに至って、一気に普及しました。
具体的には「EWF(Enhanced Write Filter)」といわれるストレージへの書き込みを禁止する機能を提供することで「シャットダウン処理をせずに電源を切ってもストレージへのダメージがない」という利点が生まれました。またOSそのものを自分で構築できることも普及を後押ししました。これによりOSのサイズを飛躍的に小さくすることが可能となり、ハードディスクを使わずにコンパクトフラッシュなどのシリコンディスクにOSを格納できるようになりました。この2つの機能で産業用としての信頼性を確保することができるようになったのです、もちろん産業用として供給期間も長く設定されています。
現在ではWindows Embeddedはさらに進化しており、最新のWindows Embedded 8.1 Industryでは、EWFはUWF(Unified Write Filter)となり「事前認証していないUSBメモリを認識しない」「アプリケーションから拒否できないキー操作(例えばCtrl+Alt+Del)をブロックする」「Windowsが出す各種メッセージを表示しない」などの豊富な機能を備えています。また汎用のWindows 8.1 Proとの100%互換性を保証するなど、およそエンドユーザーが要望するようなことは実現できているといえます。
産業用PCの未来
このように時代とともに発展してきた産業用PCですが、今後はどのような方向に進んでいくのでしょうか。
1つの方向性はローエンドへの展開でしょう。工場のグローバル化などが進む中低価格ニーズは引き続き強いものがあります。コンパクトで低価格な製品は、ARMベースのシングルボードコンピュータの世界に入り込んでいくでしょうし、パネルタイプのものは業務用タブレットとの境界がなくなるかもしれません。
もう1つはより高機能、専用なものへの発展でしょうか、既にその動きは出ています。制御用ソフトウェアやHMIソフトの搭載で、多くのエンドユーザーが必要としている機能を標準搭載していく動きです。
〔前編〕で触れたPLCについても今はソフトPLCやソフトモーションというアプリケーションソフトも提供されています。サードパーティーから提供されているWindows上でリアルタイム制御をするための各種ミドルウェアと共に使用することで、産業用PCでありながら、PLCやモーションコントローラの機能を持つことができます。もちろんそれだけでは専用機であるPLCにはコスト的にはかないませんが、制御データを加工して表示したり、サーバやクラウドに送ったり、別の機能を持ったアプリケーションを動かしたりすることで、複数の機器を集約することができるのは産業用PCというプラットフォームの最大の利点だといえるでしょう。
特集テーマサイト「IoT時代の工場は産業用PCが変える」
製造現場を取り巻く環境は、急速に変化している。IoT活用の世界的な動きが高まる中、かつてのようなクローズドなものから、標準かつオープンな環境へと移行が進む。インダストリー4.0などのような製造現場全体を最適化するための仕組み作りが求められる中、注目度を高めているのが「産業用PC」である。特集ページでは「産業用PC」に焦点を当て、最新動向、製品ニュースなどをお届けする。
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