発想の転換を求められる日本――新興国から日本の技術を守る知的財産法:法律家が見るサプライチェーンの知財侵害リスク(4)(3/3 ページ)
法律・知財の専門家が製造業のグローバルサプライチェーンに潜む課題と対策について解説する本連載。第4回では、通商政策面でサプライチェーン上の知財侵害が日本の経済にどういう影響を及ぼすのかを解説します。
知的財産権侵害抑止ための“水際措置”の必要性
新興国や発展途上国における知的財産権の不十分な保護は、先進国企業などが期待している、その国での「知的財産権による利益を失う」という損害ばかりでなく、知的財産権の対価の不払いによって製造原価が減少することで、知的財産権を守る企業に競争上の不利益を与えることになります。そのため、グローバル企業ばかりでなく国内企業の経営にも影響を与える状況になっています。結果として、知的財産権の不十分な国(パテントヘブン)における生産などに通商上の利益を与えることになり、生産拠点の移転を誘引することになります。これは、先進国の製造業の空洞化をさらに促進することにもつながります。
生産拠点や中継地が先進国にあるのであれば、中継地における知的財産権の保護で対応することができるかもしれませんが、知的財産権による保護に消極的な新興国、発展途上国では、権利行使に大きな期待は持てません。
グローバル経済に対応して知的財産権を保護していくためには、WTO、TPP、FTA、EPAなどの国際交渉が重要であることは言うまでもありませんが、市場を構成する国における知的財産権の保護を充実することも重要です。海外から流入する製品に対しては、国内市場に拡散する前の“水際措置”による知的財産権の保護が重要となってきます。
市場や中継地における“水際措置”は、知的財産権の侵害に関連する製品の市場への流入を阻止するばかりではなく、知的財産権を侵害して生産をしている国の輸出に影響を与えることにより、積極的に保護するように誘導する意義もあります。
日本の取るべき政策とは
日本は、従来、国際交渉を通じた国際的規範の成立には努力してきたものの、国際的な知的財産権の保護実現には、必ずしも、積極的であったとはいえません。
しかし、これからは国際交渉や紛争解決手続を通じた保護の実現にも積極的に取り組むべきです。そして、国際的な努力を進めるためには、国内的にも積極的な保護に取り組むことが重要になってきます。今まで産業財産権に関する国内法は、「バランス」が強調されるあまり、その保護の水準は、先進国である米国に後れを取っていました。その保護の水準を引き上げ、引き上げた保護を実現することは、国際交渉における日本の地位にも影響を与えます。
生産拠点がグローバルに広がる現在、知的財産権の侵害が海外で行われた場合に、製品に知的財産権の効力が及ばなければ、輸入が禁止されないという枠組みは、国内における知的財産権の保護を空洞化を促進します。
その対策として、日本市場への知的財産権の侵害に関連する製品の輸入を阻止するための水際措置が重要です。
- 日本の特許権の対象となっている方法(生産方法に限定されない)を利用して生産された製品
- 日本の特許権の対象となっている製品や著作権の対象となっているソフトウェアを利用して生産された製品
- 日本の営業秘密を利用して海外で生産された製品
これらの製品の輸入も、関税法の「輸入あるいは輸出を禁止される貨物」とするとともに、侵害行為の立証を容易にするため、文書などの資料を提出させる権限を税関(あるいは新たな行政組織)に与えるべき時期に来ています。
筆者紹介
相澤 英孝(あいざわ ひでたか)
一橋大学 国際企業戦略研究科教授
関税外為等審議会委員、厚生科学審議会委員、工業所有権審議会臨時委員、産業構造審議会臨時委員、知的財産戦略本部検証評価企画委員会委員などを務める。
東京大学経済学部卒、筑波大学専任講師、助教授、早稲田大学助教授、教授を経て、現職。この間、東京大学客員教授、特任教授、ハーバードロースクール客員教授などを歴任する。
編著書には、『知的財産法概説 第5版』(西村あさひ法律事務所と共編 平成25年 弘文堂)、『電子マネーと特許法増補版』(平成12年 弘文堂)などがある。
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