研究開発費は“コスト”なのか、データで見る技術立国の危機:ものづくり白書を読み解く(後編)(3/3 ページ)
「2013年版ものづくり白書」から、日本の製造業が抱える課題を明らかにする本連載。前編では海外展開の現状と問題を取り上げたが、後編では「研究開発」に焦点を当てる。
法制度や事業環境の問題
では、政府負担研究開発費が潤沢に用意され企業に行き渡れば革新的な技術が生まれイノベーションを継続的に創出できるかといえば、そうとも言い切れない。研究開発や事業化を促進する法律や制度、事業環境の整備などもあって初めて、イノベーションは継続的に創出される。
図7は「基礎研究」「技術開発・応用研究」「ビジネス開発・事業化」の3分野でイノベーション推進策がいかに貢献しているかを、日本、アメリカ、ドイツ、韓国、中国の5カ国で比較したものである。
これを見ると、日本は米国、ドイツ、韓国に比べて、「大きく貢献」「少し貢献」と回答した企業が非常に少ない。イノベーション推進策が効果を発揮しているとは言い難い状況であることが明らかだ。逆に、「あまり貢献していない」「全く貢献していない」と回答した企業が多く、これらの状況は中国とほぼ同じだ。中国が世界最大の人口を生かし、生産拠点としても市場としても成長が見込まれるのに対し、日本は技術力を武器に新たな市場を切り開くことが求められており、その中でイノベーション環境が不十分であるというのは致命傷となりかねない。
ものづくり白書では、各国のイノベーション促進法制や環境整備の中身について言及されていないので一概に比較はできないものの、企業がイノベーションを起こし国際競争力を獲得できるような環境の整備には課題が残されている。
足りない“経営者の覚悟”
研究開発費の大幅増加や環境整備が早期に実現しそうにない中、企業には、限られた経営資源を効率的かつ重点的に研究開発に投入することが求められる。将来有望な市場に進出するために「不採算部門から撤退し人材と研究開発費を振り向ける」といった痛みを伴う改革を、果断に素早く行うことが不可欠になっている。
現在ほど経営者の決断力や行動力、変革力が問われている時代はないといってもいいだろう。しかし、経営者そのものを取り巻く環境も問題が多いようだ。
図8は経営者の自己評価を出身ごとに比較したものである。「自社の経営力をライバル会社と比較して自社は何が優位かを経営者が自ら評価してもらった結果」だが、大企業の経営者に多い「内部昇格者」は、「変革力」「戦略立案力」「先見性・洞察力」「行動力」「決断力・意思決定」「情報収集・分析力」「交渉力・折衝力」の全ての項目において、自社が優位だと見た比率が全ての出身区分の中でトップに立てていない。
変革力や交渉力・折衝力に自信を持つ「経営経験者の招聘(しょうへい)」や、行動力や決断力・意思決定に強みを持つとした「創業家」と異なり、何とも自信が感じられない結果になった。ルノーとの提携により経営経験者を招聘(しょうへい)して経営再建を果たした日産自動車や、創業家出身の社長のリーダーシップによりリーマンショックから早期に立ち直ったトヨタ自動車の例から見ても、これらの結果が事実に近いように感じる。
求められる果断な経営判断
さらに大企業(資本金3億円超、従業員数300人以上と定義)の経営者で内部昇格と創業家だけを対象に、図8と同様の自己評価をしてもらった結果をまとめたのが図9である。
内部昇格者でも果断な判断で経営再建に取り組む優秀な経営者がたくさんいることは事実だが、長年その企業に社員としているからこそのしがらみなどがあり、果敢なリーダーシップやリスクを取ってチャレンジする姿勢が不足する傾向が多いということがいえるかもしれない。
これまで日本経済をけん引してきた製造業の経営者は、将来を見据え研究開発費を新たな戦略分野に大幅に掛けるなど、大胆な施策を打つことで、苦境を切り開いてきた。変化が激しく将来に見通しが不透明になる中で、どうしても安全策な現状維持、もしくは先送りに逃れたくなってしまう。しかし従来の延長線上に日本の製造業の未来はない。果敢なチャレンジによる“攻めの経営”に期待したい。
Profile
大澤裕司(おおさわ ゆうじ)
フリーランスライター。1969年生まれ。月刊誌の編集などを経て、2005年に独立してフリーに。工場にまつわること全般、商品開発、技術開発、IT(主に基幹系システム、製造業向けITツール)、中小企業、などをテーマに、雑誌やウェブサイトなどで執筆活動を行っている。著書に『これがドクソー企業だ』(発明推進協会)がある。
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