ソニーの挑戦、スマートデバイス時代を勝ち抜くためのサバイバル術:本田雅一のエンベデッドコラム(26)(2/2 ページ)
スマートフォン分野で成功しているかに見えるAppleやSamsung Electronicsも、他分野のエレクトロニクス製品に消費者を循環させることに苦戦している。二次体験、三次体験といった次のステップでより優れた品質を提供するためには、どうしても汎用製品ではカバーし切れない領域に踏み込まなければならない。こうした状況に対し、果敢に挑戦しているのがソニーだ。彼らの取り組みは“スマートデバイス時代のサバイバル術”として注目に値する。
“スマートフォン”基盤の中で循環が閉じているエコシステム
エレクトロニクス製品のピラミッドから離脱した消費者を、アップルとサムスンが受け止めた後、どのようなエコシステムが構築されているのか。エントリーユーザーをスマートフォンに奪われただけで、ミッドレンジ、セミプレミアム、プレミアムの製品が生き残っているならば、エコシステムの循環ループが変化しただけであり、エレクトロニクス産業としては困った話ではあるものの、業界再編は起きたとしても、産業全体が破壊されるほどのダメージには至らないかもしれない。
しかし、スマートフォンを入り口に原体験を得た消費者が、二次体験を求めて他のエレクトロニクス製品に手を伸ばしているか? というと、そう簡単な話でもない。例えば、2013年の出荷台数が前年比60%前後になると予想されているコンパクトデジタルカメラ業界を考えてみよう。
これまで、大手カメラメーカーは「スマートフォンを歓迎する。スマホでカメラを楽しんでもらい、その原体験を単体カメラにつなげられれば、われわれにとっても大きな利益になる」と話してきた。しかし、スマートフォンのカメラ機能は、単に“撮影するだけ”のものではない。撮影した写真を共有サービス(SNSなど)にアップロードし、そこで写真を軸としたコミュニケーションが生まれる。スマートフォンのカメラ機能には、こうしたエンターテインメント性があるのだ。写真を通じたコミュニケーションは銀塩写真時代から変わらないものといえるが、“カメラ”区分で機能だけを比較してしまうと、前述の大手カメラメーカーのような誤解が生じてしまう。
スマートフォンで原体験を得た消費者を、各カテゴリのエレクトロニクス製品に循環させることに成功しているメーカーは、恐らくないのではないか。
これはアップルやサムスンも同じだ。縦割り組織で「Galaxyシリーズ」の成功を他分野の製品にうまく循環させられていないサムスンだけでなく、アップルでさえも(「iPad」という兄弟製品の立ち上げには成功したが)次のステップに進めることができていない。二次体験、三次体験でより優れた品質を提供するためには、どうしても汎用製品ではカバーし切れない領域に踏み込まねばならない。スマートデバイスによる革命が進んだ後、産業全体の構造変化は、まだまだ続くだろう。
これに対して、ソニーは新しい取り組みを始めている。うまくいくかどうかは分からないが、“スマートデバイス時代のサバイバル術”としては注目に値する面もある。
エレクトロニクス製品とスマートフォンを結び付けるエコシステムへの挑戦
乱暴な言い方をするならば、ソニーが取り組んでいるのは各種カテゴリに分かれるエレクトロニクス製品について、“普及価格帯のビジネスを諦める”ことだ。製品が備えていた価値の一部がクラウドやスマートフォンへと向かっていく流れを止めることができなければ、いつか急に製品が売れなくなる時期がやってくる。スマートフォンへ流出した消費者は、容易には戻ってこないからだ。
ソニー 社長兼CEOの平井一夫氏は「Cyber-shot(サイバーショット)を使っていた皆さまには、スマートフォンで写真を撮る際、サイバーショットと同等の体験をしてもらえるよう、ベスト・オブ・ソニーをXperiaに盛り込まねばならない」と語っている。
デジタルカメラの“サイバーショット”というブランド名だけを貸し出すのではなく、デバイスから各種要素技術、そしてエンジニアなども含めて、各カテゴリにおける独自性を、惜しむことなくスマートフォンであるXperiaに盛り込む。そこでの体験の質を高めることで、ソニー自身が組織の壁を打ち破って、あらゆる原体験を自社製スマートフォンの中に作り出そうという考え方だ。
もちろん、これだけでは“社運をかけて優れたスマートフォンを作っている”ということにすぎず、端末ハードウェアの進化が頭打ちになりつつあるスマートフォンでは、いくら「ベスト・オブ・ソニーを盛り込む!」といったところで限界は見えている。
しかし、ソニーは同時にプレミアム製品、セミプレミアム製品の開発にも力を入れてきた。2013年1月の「2013 International CES」で発表したテレビやカメラなどは、多分に今回発表した「Xperia Z1」(ソニーモバイルコミュニケーションズ)からのユーザー動線を意識した製品といえる。さらにこの秋は、高品位音楽配信サービスの開始とともに関連するハイレゾオーディオ機器のラインアップを一気に立ち上げてきた。スマートフォンで原体験を作り、それを受け止める二次体験を受け止められるセミプレミアム製品を作り、さらに憧れを想起させるトップエンドのモデルも提供する戦略だ。
さらに、ソニーは100種類を越える製品に「NFC(Near field communication)」を搭載。これにより、「ソニー製品はタッチするだけでスマートフォンと連動する」というイメージを作り上げようとしている。また、(自社製品だけではなく)NFC搭載スマートフォン全てがソニーのエレクトロニクス製品と連動するようになれば、次回の買い換え時期にソニー製スマートフォンへと誘導もできる。
無論、繰り返しになるが上手くいくかどうかは分からない。平井氏が社長に着任して1年半。まだ最初のプロダクトが出てきたばかりだ。評価を下すにはまだ早過ぎる。しかし、ソニーは「今という時代を生き抜くための方向性を見つけた」といえるだろう。ここで足掛かりをつかめば、ウェアラブルデバイスやユーザーの行動履歴から次を予測して情報を提供する、次の世代での勝負を挑めるようになるかもしれない。
筆者紹介
本田雅一(ほんだ まさかず)
1967年三重県生まれ。フリーランスジャーナリスト。パソコン、インターネットサービス、オーディオ&ビジュアル、各種家電製品から企業システムやビジネス動向まで、多方面にカバーする。テクノロジーを起点にした多様な切り口で、商品・サービスやビジネスのあり方に切り込んだコラムやレポート記事などを、アイティメディア、東洋経済新報社、日経新聞、日経BP、インプレス、アスキーメディアワークスなどの各種メディアに執筆。
Twitterアカウントは@rokuzouhonda
近著:ニコニコ的。〈豪華試食版〉―若者に熱狂をもたらすビジネスの方程式(東洋経済新報社)
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