「スマホがもたらした変革と傷跡」――印刷工程を全て外注した印刷会社は何を感じたのか?:本田雅一のエンベデッドコラム(24)(2/2 ページ)
モノづくり現場を数多く取材してきたジャーナリスト・本田雅一氏による“モノづくりコラム”。顧客ニーズや競争環境の変化だけでなく、産業のルールまでも覆したスマートフォン/タブレット端末を中心とするイノベーションの連鎖は、ようやく落ち着きつつあるようだ。これからは、自らの価値の再考と正しい方向を見極める力が求められる。
変化を感じ、顧客視点で差異化ポイントを
冒頭で述べた印刷会社の経営者は、輪転機を全て売り払い、従来、生産設備(輪転機)に充てていた投資を、電子ドキュメントの受け入れや広告向けのデザイン業務、そして、クライアントとの関係強化やより提案性の高い商品・サービスの開発に振り分けた。
製造業の一種である印刷業において、本来のコア・コンピタンス(事業の核)である“印刷物の生産”という部分のビジネス的な価値が下がることは止められない。しかし、印刷物が世の中から一切なくなるわけでもない。ならば、単純に印刷物を生産するだけでなく、印刷物を必要とする顧客にとって、どのような印刷会社が好ましいのか。そして、顧客にとって、心地の良い取引相手となるにはどうすべきなのかをきちんと見つめ直す必要がある。
個人にひも付くスマートフォン/タブレット端末が、究極のオンデマンドプリンタになっていくとしても、顧客とのリレーションシップやワークフローへの理解などの(印刷業者としては当たり前の)ノウハウが持つ価値はある。同じような生産設備を持つ同業他社との競合ではなく、異業種から攻め込んでくる新たな相手ならば、そうした“当たり前のノウハウ”こそが差異化ポイントになり得る。
時代の変化で、従来通用してきた競争力が荷物になることもあれば、競争相手や競争環境の変化によって、蓄積してきた経験やノウハウが武器になることもある、ということだろうか。
今こそ足元を見つめ直す機会
ここ数年、エレクトロニクス業界だけでなく、さまざまな産業のルールを根底から覆すイノベーションを引き起こしたスマートフォン/タブレット端末による革命も、そろそろ“落ち着く形”が見え始めているように思う。落ち着き先を求めて猛烈な勢いで変化してきたスマートフォンも「こういうもの」という世の中における形がようやくできてきた。
猛烈な勢いのイノベーションの連鎖も、その大本が落ち着けば、その周囲の形状も定まってくる。形が定まれば、市場には新たな空き地も生まれにくくなる。そういう意味では、空き地に飛び込んで飛躍的な成長を遂げるのは今後、どんどん難しくなっていくだろう。
しかし、それを悲観することはない。イノベーションの連鎖で生まれた空き地の奪い合いが終わるということは、市場環境全体の変化速度が遅くなるということだ。イノベーションの傷跡が、これ以上には大きくならないという“印”でもある。ここで足元を見直し、自らの事業が持つ価値とは何かを再考して、正しい方向を見つけるきっかけとすべきではないだろうか。
筆者紹介
本田雅一(ほんだ まさかず)
1967年三重県生まれ。フリーランスジャーナリスト。パソコン、インターネットサービス、オーディオ&ビジュアル、各種家電製品から企業システムやビジネス動向まで、多方面にカバーする。テクノロジーを起点にした多様な切り口で、商品・サービスやビジネスのあり方に切り込んだコラムやレポート記事などを、アイティメディア、東洋経済新報社、日経新聞、日経BP、インプレス、アスキーメディアワークスなどの各種メディアに執筆。
Twitterアカウントは@rokuzouhonda
近著:ニコニコ的。〈豪華試食版〉―若者に熱狂をもたらすビジネスの方程式(東洋経済新報社)
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