本格派仮想企業・上智大、また連覇を目指して:第9回 全日本学生フォーミュラ大会 優勝校(2/2 ページ)
第9回 全日本学生フォーミュラ大会は、上智大学フォーミュラチームが3年ぶりの優勝を果たす。本記事では優勝マシン「SR10」がどのようなコンセプトで設計・製作されたのか、その秘密にインタビューで迫る。
――デザインファイナルでは、タイヤの表面温度が上がるのが早くなったという話がありましたが。
稲吉さん:車両に力が掛かったとき、フレームが堅ければバネとタイヤに力が移動します。今回バネのセッティングとサスペンションのレイアウトを堅くなるようにしたので、タイヤに力が加わりやすくなり、バネとしてのタイヤを使えるようになりました。そのためタイヤの表面温度が上がりやすくなりました。タイヤ表面温度が上がれば摩擦係数μが上がり、グリップ力が高まってより速く走れるようになります。
同じコースでできるだけ同じ路面温度の日に走って、どれくらいタイヤの表面温度が変わるか実測して解析しました。条件が完全に一致しているわけではないので単純比較はできませんが、SR09よりもSR10の方が明らかに暖まりやすくなっています。
――タイヤは10インチでなく13インチを使っていますよね。10インチだと軽くなっていいように思えるのですが、13インチを選んだ理由はなんでしょうか。
稲吉さん:設計の自由度とブレーキローター径の確保のためです。ホイールの中にアップライトやアームレイアウトを収めなくてはいけないので、10インチでは制限がきつくなります。また、10インチタイヤを出している会社が少ないため、選べるタイヤの種類が13インチの半分以下になってしまいます。ただ、4輪全てを13インチから10インチに変更すると16キロ軽くなるのでそれはちょっといいかなとも思います。
(車両の重量について)デザインファイナルでは燃料を入れて225キロで、それを来年は210キロにしたいと話したんですが、実は225キロは計算で出した値で、あとでピットで実測したら217キロでした。
――今年のデザインファイナルでは審査員に伝えきれなかったことがあると、大会報告書にありましたが、例えばどんなことでしょうか。
稲吉さん:今年はシェイクダウンが遅れて、ロール剛性やキャンバー角を何度も試す機会がなかったので、ドライバーさんと相談して、過去の走行データを事前に見ておいて「こういう方向でセッティングを変えていったらいいんじゃないか」ということをログデータとドライバーの意見を反映させて、現場ですぐに変更できるよう準備していました。
キャンバー角のセッティングではタイヤ温度に着目して、タイヤの外側・中央・内側の表面温度を計測しました。例えば内側だけが高温になっていればキャンバー角が大きくタイヤが均等に設置していないと考えられます。キャンバー角を少しずつずらしていったときの温度差の変化を調べておいて、均等な温度が得られるようなキャンバー角をセットするよう煮詰めていきました。
それから車両の整備性を高めるため、ロール剛性のセッティングを煮詰めるにあたって、これまではリアのアンチロールバー(スタビライザー)交換に4、5分かかっていたのですが、板バネのセットする方向を変えることでバネレートを変えられるようなスタビライザーを採用し、ロール剛性を素早く変えられるようにしました。
中野さん:今回エンジンで大きいのは燃費を改善したことです。最近学生フォーミュラでも燃費のウエイトが大きくなっています。僕たちのエンジンは4気筒ですが、他の大学では単気筒を採用しているところもあり、燃費ではどうしても太刀打ちできません。そのため今回は燃費重視と出力重視の2つの燃料マップを用意して、燃費が関係する競技とそうでない競技で燃料マップを変えて走らせました。燃費重視のセッティングだと最高出力67キロワット、出力重視では72キロワットです。
エンジンを回すときスロットル開度やエンジンにかかる負荷、回転数などによってシリンダーに吹く燃料の量が変わってきます。空燃比をリーン(燃料を少なく)にしていって、かつトルクやパワーがあまり落ちないように兼ね合いを考えました。今回採用したのがBSFC(正味燃料消費率)値を良くしていく方向にベンチで実験し、ベストだと思うところを探してそれを採用しました。燃料マップを変えると点火時期も変わってくるので、燃料マップと点火時期両方の観点から調整しました。
点火時期については、僕たちの車両は4気筒のどこでノッキングが起きたかをセンサーで検知して、ノッキングを起こした気筒の点火時期を少し遅らせます。気筒ごとにノッキング強度が変わってくるので気筒ごとに制御しています。制御プログラムはModecをカスタマイズして使っています。
――結果にどう反映されたかというと、スキッドパッドが満点(50点満点中50点、1位)だったんですよね。それで、エンデュランスが300点満点中282.42点(3位)。良すぎるくらいと思えるのですが、これについての評価は。
稲吉さん:エンデュランスは失敗したと思いました。ロール剛性やキャンバー角のセッティングを完全に煮詰めることはできず、エコパのコースに合わせた車両として持っていくことはできなかったので……。
中野さん:アクセラレーション(75点満点中64.85点で6位)も同じです。ローンチコントロール(発進のときのタイヤのスリップ率をフィードバックしてエンジンを制御する)のセッティングの甘さもちょっと出てしまったかなと思いました。
稲吉さん:エンデュランスではオートクロス1位のチームが朝8時から最初に走ります。僕たちの車両は、夜の間にたまった落ち葉や砂を走りながら吹き飛ばす状態でした……。エンデュランス1位だったチームは、10時くらいから走っていましたが、その頃はもうゴミも飛ばされていたし、路面温度も上がっていて、僕たちよりいいコンディションで走っていたかも?
――上智大学の車両は、毎年のモデルチェンジごとにリアのウィングが現れたり、なくなったりしていますが、何か理由があるのでしょうか。
稲吉さん:(上智大では)前年度の車両のマイナーチェンジ車両にウィングを付ける、というコンセプトで進んできました。3連覇(2006〜2008年)のときはSR06がウィングなし、そのマイナーチェンジ車両SR07にシャシーセッティングと合わせてウィングを付け、フロントにモノコックを採用して大きくモデルチェンジしたSR08がウィングなしでした。そのマイナーチェンジ車両SR09ではウィング付きです。車両のある程度の特性がつかめてからウィングを付けるという考えです。今年のSR10はダウンフォースをアンダートレーで稼ぐというコンセプトでした。
中野さん:あまり細かいことは言えませんが、来年のSR11ではだいぶ見た目が変わり、エアロも一新します。アグレッシブな開発をしつつも、原点に立ち返り、車体のディテールをより一層洗練していきます。
稲吉さん:まだ設計段階ですが、フロントのコイルバネをトーションバーに変更しました。軽量化と交換作業の迅速化を狙っています。うちの2人のドライバーさんは17キロの体重差があるので、オートクロスでドライバーチェンジすると車両の動きも変わってきてしまうのです。そこでブレーキバランスをすぐに変えられる整備性の良い車両にしようと、フロント側とリア側のブレーキのバイアスを変えるバランスバーを、ドライバーさんが載ったまま調整できるように設計中です。
――CADやCAEの利用について
稲吉さん:僕は今回、剛性不足を補うような車両作りをしていきました。1つのパーツに対していままで以上に何回もFEM解析をやりました。
来年はモノコックのFEM解析をうまくやりたいと思っています。本当はサンドイッチ構造なのですが、曲げ試験で得られたヤング率や材料特性を金属のような無垢材と見なして計算していて、これでは力の方向によっては誤差が出ると思うのでそれをうまくできないかなと考えています。ソフトはAbaqus(汎用有限要素法解析プログラム)を使いたいのですが、材料系の研究室の院生じゃないと使えないと聞いて、Pro/ENGINEER Wildfireで何とかできないかと考えています。また、いまは繊維方向が1つで、疑似等方性と仮定したものを使っているのですが、等方性とは限らないので形状に合わせて繊維の方向を変えて解析できないか、もっと解析精度を上げたいと思っています。
――最後に来年に向けた意気込みを聞かせてもらえますか。
中野さん:来年のプロジェクトリーダーは、(今年のエアロダイナミクスリーダーの)藤本(哲也)に変わります。僕はそのバックアップに回り、企画と製作の橋渡しをしようと考えています。
藤本は車両全体の知識が豊富で、全体を見ながら設計をまとめてプロジェクトを進めていく力があると思います。僕はそういうところができなかったので、彼に期待したいなあと思っています。僕は個人的には目の前のことばかりで、なにやっていいかよく分からない状態でやっていたので、リーダーじゃない一歩下がった位置から見て、その中で自分にできることで貢献していきたいです。その結果としてまた優勝したい、そして最終的には日本大会4連覇までいきたいです。以前3連覇したので今度は4連覇につなげていけたらと思います。
Profile
佐々木 千之(ささき かずゆき)
元ITmedia News編集長/環境メディア編集長。アスキーでパソコン通信、インターネット、DOS/V系雑誌などの編集を経て、IT系Webニュースに記者・編集者として長く関わる。現在はフリーランスでニューヨーク近郊に在住。1topi「サイエンス」「企業ニュースななめ読み」キュレーター。
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